“Imperfect Moment” 侘び・ポジティブな瞬間
グローバル経済が進行し新自由主義が浸透し始めたころから、経済成長優先のアンチテーゼとして自然とともに生きる日本の伝統文化や美意識が見直されるようになります。一般向けのインテリアやライフスタイル系の雑誌などでも日本の建築、庭園、神社、仏閣、茶の湯の特集が目立つようになりました。写真では瞑想感、癒し、諦観などを取り入れた作品が次々と発表されました。しかし、それらの多くは表面的なスタイルだけを取り込んだインテリア向けの作品でした。
今回紹介する4人は日本の伝統的美意識の本質をとらえた作品作りを行っている写真家です。彼らにとって、作品自体ではなく制作する行為自体が重要な意味を持つのです。制作アプローチはそれぞれ違いますが、全神経を集中して行う創作はまさに瞑想と同様な行為です。また過去や未来に囚われることなく、いまこの瞬間に生きる禅の実践とつながります。
興味深いのは作家の年齢によって作品対象が異なることです。作家キャリアが長い、高橋和海、蓮井幹生は自然と対話を交わしながら創作活動を行います。しかしデジタル時代に生きる若い世代の下元直樹、石川和人は従来のアナログ時代の縛りからより自由な表現を追求します。彼らはモチーフを自分の生活の延長上に見出し、デジタル技術の特性を生かした抽象的なドキュメント作品に取り組んでいます。
「侘び」は、未完の美を愛でる考えです。その本質はネガティブをポジティブにとらえる意識、つまり人間はいつか死ぬから逆に現在を一生懸命に生きるような姿勢を意味します。彼らのアーティスト活動にはこの精神性が強く感じられます。それゆえ、この厳しい経済状況の中で膨大な労力と資金をつぎ込んで作品制作が続けられるのでしょう。
高橋和海の「ムーン・スケイプス」シリーズは、夜の海と月を対比した作品です。長時間露光で撮影された海風景の瞑想感、欠けていく月の無常感を対比して表現しています。
蓮井幹生の「ピースランド」シリーズはライフワークとして取り組んでいるパノラマ写真による海の水平線を撮影しているカラー作品です。パノラマで見る静謐なシースケープは、直感的に人間の日常から宇宙の時間軸へと私たちを誘ってくれます。
石川和人は都市のドキュメントをカラフルで抽象的な作品で表現します。偶然性を意図的に取り込んで複数の写真を重ね合わせる創作は従来の写真の概念を超越しています。
下元直樹の、「取り残された記憶」は、日本の経済成長の陰の部分にフォーカスしたドキュメント。寂れた東北の漁村の中にグラフィカルでカラフルかつポップな色彩の美しさを見出しています。厳しい状況や環境の中に新たなアート性を引き出すアプローチは侘び寂びの精神性に通じています。
(Imperfectは岡倉天心が「茶の本」で「侘び」の意味で使った表現です。)
福川 芳郎(Yoshiro Fukukawa) Blitz Gallery ギャラリスト