清里フォトアートミュージアム「ヤング・ポートフォリオ」

本号にご紹介した石倉徳弘、榎本一穂、古林洋平、高橋尚子、菱沼勇夫は、清里フォトアートミュージアムが毎年行っている「ヤング・ポートフォリオ」にて近年作品を収蔵した若手作家たちの中の5人である。
 「ヤング・ポートフォリオ」とは、当館が35歳までの若手写真家を支援するため、世界各地から作品を公募し、選考の後、当館のパーマネント・コレクションとして購入するもので、当館の基本理念の中でも最も重要な活動である。応募の条件は、35歳以下であること、作品の長辺が1メートル以下であること、永久コレクションのため、長期保存に適するプリント技法であること。テーマも既発表も問わない。コンテストと異なる大きな特徴は、35歳になるまで、何度でも応募ができること。したがって、25歳から35歳まで毎年応募し、毎年10枚を購入した場合、10年間で収蔵枚数は100枚となり、将来その作家の個展を開催することもできる。美術館にとっても有意義なコレクション形成が同時にできるというシステムである。
 実際に、日本人では最多の収蔵枚数となったのが、亀山亮(1976)。本年、土門拳賞を受賞した。ヤング・ポートフォリオで初めて作品を購入したのは、亀山が23歳の時で、35歳になるまでの間に収蔵枚数は133枚となった。亀山はその間、メキシコ、イスラエルを取材し、その後コンゴなどアフリカ各地で内戦の被害者と向き合い、強烈なインパクトを持つ作品群が生まれた。一本の細い根っこから、やがて何本かの枝が伸びて、しっかりとした幹が形成されて行くまで ―― そういう形がはっきりと見えてくることがヤング・ポートフォリオの醍醐味なのである。「毎年応募して買ってもらえることで取材に行くことができた。締め切りに合わせて制作できた。」と、いう若手の声を聞く度に、ぜひ多くの若手にヤング・ポートフォリオというシステムを知って頂き、利用して欲しいと思う。

 現在、東京都写真美術館にて開催中の須田一政「凪の片」展では、須田の初期作品で未発表のシリーズ《紅い花》が初めて展示されている。須田氏には、2006年度ヤング・ポートフォリオ選考委員を務めていただいた。須田氏自身が約30年ぶりに見た《紅い花》について「発表のあてもなくただ衝動のままに撮りためた(中略)自分で言うとおめでたい話だが、結構感動してしまった。作品の出来不出来ではない、スタート時点の自分に会えたからである。初心忘るべからず。有態の言葉は時に琴線を鳴らしてくれる。」と図録に寄稿している。これはまさにヤング・ポートフォリオを通して私たちが支援したい若手作家の肉声に聞こえる。というのも、ヤング・ポートフォリオを発案した当館館長であり写真家の細江英公は、1970年代、海外での作家活動を通してオリジナル・プリントの重要性に目覚めた。初期作品は作家にとって非常に重要であるにもかかわらず、容易に失われやすく、そして「作品を買う」ことが、作家にとって何よりも支援になるという自身の体験から、ヤング・ポートフォリオは生まれている。加えて説明すると、通常、作家はギャラリーなどで作品を発表し、出版を重ね、大きな賞を受賞して初めて美術館の収集の対象となる。公的機関であれば、税金を投入するのだから、実績を求められるのは当然のことである。しかし、ヤング・ポートフォリオでは、それは一切ない。選考委員は、館長を含む3人の現役写真家で、彼らが応募作品の購入に合意することだけが条件となる。ギャラリーもエージェントも通らない。通常のサイクルから見れば、全く逆回転という極めてラディカルなものなのである。

 1995年の開館から2012年まで、世界73カ国から10万枚を超える応募があり、43カ国の約700人による約5300枚を収蔵した。来春より全作品のデータベースをネット上で公開するが、並行して“ヴィンテージ・プリント”を残して行くことは、デジタル時代において、ますます意味を深めて行くのだろう。
 ヤング・ポートフォリオの見どころとは、30歳前後の様々な国の若者が、この世界をどのように見ているのか、写真表現として成立させようとする葛藤が、展示室内にエネルギーとして満ちている —— まさに“ライブ”であるところだ。単年ではなく、複数年にわたり収蔵する作家がほとんどのため、何年か継続して作品を見ていくと、写真家としての視点が定まり、深まって行く様子が浮かび上がってくる。選考委員は、応募された作品に、これから作家として躍動する可能性を予見できれば、「購入する」の一票を投じる。その“根っこ”に本当に力があるのか ——— それを見抜くことは非常に難しく、この選考について、歴代の選考委員は「自分が試されているように感じた」と皆口を揃えて言う。
 20年を迎えようとするこのコレクションは、世界に類のない、まさにユニークな作品群となっている。全収蔵作品から約500点を選び、2014年8月、東京都写真美術館地下展示室にて開催する展覧会をぜひご高覧いただきたい。

 1995年から約20年の間、技法は一転したと同時に、作品も大きく変化した。「メシは食えないけど写真だけは撮る」という感覚ははるか昔に消え、若手であってもバランスの取り方や評価の受け方を知っているという人が多いようにも見える。美術館で写真を見ることが当たり前となったと同時に、誰でもネット上に写真を発表できるようになった。また、暗室に立ちっぱなしで作業せずともプリンターにつなげば出力できるという環境の中では、一枚のプリントにモノとしての思いを込めることは難しくなっているのかもしれない。良い作品とは、完成度とは、心に響く写真とは何なのか。作家として継続して行く力とは何なのか。誰もが手探りしつつ歩く道程なのだが、選考委員・鬼海弘雄氏が講評会において若手にしたアドバイスに「舳先でなく、ずうっと遠くを見るように歩いていくことが大切」という言葉があった。ヤング・ポートフォリオは、今は比較的ゆっくりしたペースで歩いているように見える写真家こそを今後も支援して行きたい。そして、それを継続していくことこそが重要なのだと私たちは思っている。

清里フォトアートミュージアム学芸員・山地裕子


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