Towards the Mountain 楢橋朝子
Towards the Mountain by Asako Narahashi
その山になにか特別な思い入れがあるわけではないし、好きだという気持ちや憧れといった意識はなかった。いつも車窓から目に入ると、なぜか思考が停止してしまい、視界から外れるまでのわずかな時間をぼうっと過ごしていた。そのくせ胸騒ぎのようなざわざわした粒だつ何ものかを同時に受け入れざるを得なかった。十年ほどまえ、河口湖からその山を撮影した。空気の澄み切った秋の深まりつつある一日だった。十年後、その山へ登ろうと思った。登れるか不安だったが、思いのほか簡単に登ることができた。これでもかというほどの人々が頂上を目指して歩を進めている。車窓から、湖から見ていたその山は、無人のはずだったのに。超望遠レンズであれば、無人に見えた単色の山肌に大勢のカラフルな人々の連なりが捉えられるはずだ。私はその一人としてそこに居ようと思う。