ジュリア・フラートン・バッテン 
インタビュー

Julia Fullerton-Batten Interview 2013/March

フラクションマガジンジャパン(以下F) :  日本での個展開催おめでとうございます。『Mothers and Daughters』を制作した動機はどのようなものなのですか。

ジュリア・フラートン・バッテン(以下JFB): まず最初にパーソナルワークを始めた時にティーンエージャーの女の子を撮影しました。それは自分の人生ともつながっていて、ティーンエージャーの女の子の居心地の悪さというものをテーマにしていたんです。
その後『Awkward』という女の子と男の子を登場させたときは彼らの関係性の居心地の悪さを表現しようとしました。
例えば私の経験でも男の子が家に来たときはすごく不自然で居心地が悪くなって眼もあわせられなくなったことがあります。そういう自分の経験を表現しようとしました。
『Mothers and Daughters』もその流れでつながっています。つまり私と母との関係とか、姉と母との関係、また母と祖母との関係を表現しようとしたものです。姉妹は3人とも女の子でした。

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"Mothers and Daughters"シリーズより

F: 影響を受けた写真家はいますか。

JFB : ええ、ジェフ・ウォールとグレゴリー・クリュードソンです。特にグレゴリー・クリュードソンは演出された写真でセットアップもすごく豪華です。まるで映画のセットみたいでしょ。写真家と言うよりディレクター的だと思います。プリントもすごく大きいし、1枚のプリントの中にストーリーがたくさんつまっていて何時間眺めていてもそのストーリーを読みとることができます。
この二人だけではなくて、多くのすばらしい写真家から影響を受けています。無名の写真家もふくめてね。写真集のコレクションがあるんです、すごくたくさん持っています。

F: あなたの写真に登場するモデル達は皆素人(Street-cast models) ということですが、撮影にあたってはどんなところに気をつかわれていますか。

JFB: 素人モデルのキャスティングについては、1人の女性のキャスティングディレクターがいていつも彼女と仕事をしています。探している人としては、面白い人、たとえば顔の表情が面白い人、自分のつくろうとしている作品と何らかの関係がある人です。
『Mothers and Daughters』だったら一番重要なのは本当の親子だということです。時間をかけてキャスティングをします。自分の家に呼ぶときもあるし、相手の家を訪問して長い時間をかけておしゃべりをします。本人をよく知ることが大切なんです。
お茶を飲んで1時間くらいは話しあっています。でも私の写真は彼らの人生を表現しているのではなくて、私の人生の表現をしている、そこのマッチングがとても重要なのです。
たとえば『Unadorned』ですが、この作品のインスピレーションは18世紀の絵画をたくさん見て肉がいっぱいついている人を探しました。もちろんその時も同じように時間をかけて話しあいますし、服も脱いでもらいます。おもしろいのは、彼らは服を脱ぐと自分の人生についてさらけだすようにおしゃべりをしだすことでした。普段服を着ていたら話さないような事まで話してくれるのです。それはすごく面白い体験でした。
このシリーズではまずキャスティングディレクターがインターネットで写真をたくさん送ってくれます。最初はこんな企画だと応募が少ないと思っていたのですが、最終的には100人の人が応募してくれました。
キャスティングのプロセスはすごく長いんです。まず写真審査をして、しぼりこんでからさらにヌードの写真を送ってもらって、そこからまた絞りこんで、実際に会ってインタビューをする。このプロセスはすごく長いけれど、やっているうちに自分のイメージをどんどんつくりこんでいけるので無駄な時間ではないのです。
キャスティングしているあいだにロケーションを考えたり、どういう服を着させるかということを考えたりしてスタイリストに指示をだします。キャスティングの時間というのはいろいろなことが同時進行で行われているわけです。
ロケーションはスナップを撮って、その写真のうえにモデルをスケッチしてみてどういう風に配置してどういうポーズをさせたい、ということを考えます。だいたいそういうイメージをつくって、それからライトのセッティングに3,4時間かけます。
私にとってはキャスティングのプロセスがすごく重要です。インターネットの写真だけでは絶対に判断しません。写真家によっては撮影前に絶対にモデルと会いたくないっていう人もいます。写真だけでキャスティングする人もいますけど私はそうではないの。
最近、目が見えない人のシリーズを撮影しましたが、実際に会ってどういうふうに目が見えなくなったのかなどのストーリーを聞きました。
その時は短いフィルムもつくりました。個展をするときにギャラリーからそういうリクエストもあるので、このときはギャラリーで流すことの出来る短い動画をつくったのです。
このシリーズでは彼ら1人1人のストーリーがすごく重要なので、写真を見るだけじゃなくて彼らのストーリーをあわせて読んで欲しいのです。というのも彼らの中には目が見えないのだけれど、外見的には目が開いているのでごく普通の人に見える人もいるからなのです。

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"Unadorned" シリーズより

F: あなたの作品の多くはセットアップを必要とする写真です。ご自分の作品としてこうした写真を制作することは予算が大変かかるものだと思いますが、作品制作にあたって予算はどのようにやりくりされているのですか。


JFB: 私はコマーシャルフォトグラファーでもあるし、プリントも売っていますので、その組み合わせで撮影の予算をだしています。私のプリントはよく高すぎると言われますが、コマーシャルとプリントとあわせた収入があるからこそ自分の生活と新しいシリーズの撮影ができるのです。
2年くらい前に、広告の仕事を辞めようかと思いましたが、コマーシャルの仕事はディレクターや他のスタッフが大勢いてぜいたくですし、撮影に集中できますものね。
それに比べると自分の仕事はすべて自分でやらなくてはなりません。ひとつのシリーズで3ヶ月から6ヶ月くらいかかります。ただタイムリミットもないので自分のペースでできます。
3〜6ヶ月で1つのプロジェクトを仕上げたら次のプロジェクトに移りますが、ギャラリーからはこのペースが早すぎると言われています。
予算についてですが、スポンサーシップやグラントを申請することは可能だとおもいます。グッゲンハイムなどでも申請することができますが、私はまだやったことがありません。
将来的には私もこういったグラントを申し込もうと思っています。なにしろ経費はとてもかかりますし、ライティングが大変なので、アシスタントは毎回6,7人は必要になります。 でもアシスタントにはちゃんと支払ってあげたいのです。
なるべく1日で1カットではなくて2、3カット撮ろうとしています。ライティングが大変なのでロケーションが2,3カ所になると1度かたづけて、またセットアップしなくてはならないからもうものすごく大変です。でもなるべく1日で2,3カット撮ろうとしています。
モデルとか、ヘアメイクにもちゃんとギャラを支払います。ただパーソナルプロジェクトなので、皆さんにお願いしてなるべく安くしてもらうようにはしています。
モデルにもちゃんと支払うので予算はとてもかかります。それをプリントの売り上げでなんとかまかなえるようにしています。モデルもちゃんとギャラを支払わないと突然気が変わってこなくなることもありますからね。
撮影した写真はモデルが満足した写真しか使いません。デジタルですのですぐに見せられますからモデルの人にも写真を見せてあげてモデルが気に入ってくれるカットを使うようにしています。モデルが気に入らないカットは絶対に使いません。

F: ウェブのパーソナルのパートではナチュラルでストレートな写真もありますし、淡いカラーを使った写真もあってセットアップの深い色調の写真とは少し違う感じもします。これからどのような写真の方向性・可能性を模索されているのでしょうか。

JFB: ナチュラルライトのものは初期のものなのです。でもライティングについてはどんどん複雑になってきました。ストロボ1,2台では全然足りません。多くあればあるほどいいですし、全部使ってしまいます。
ちょっと前は4X5で撮影していました。その時はスチールライフのように人を動かないように配置してまわりをライティングしていくような方法でした。
今後はますますライティングが重要になっていくでしょう。ディテイルにこだわりたいのです。部屋の隅のちょっとしたところや、外からの光をつくったり、細かい箇所をどんどん演出してつくりこんでいきたいのです。
グレゴリー・クリュードソンのようにね。彼のスタイルはセットがすごいですよね。まるで映画の撮影のようです。
彼のようにやるとなるとすごく時間がかかります。だからあそこまでこるのは大変ですけどもそういう方向でやっていきたいのです。

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"In Between" シリーズより

F: 写真家としてのキャリアを形成していくうえで、これまで多くのコンペで賞をとられてきましたね。Hasselblad Mastersはじめ、ほんとうにたくさんの賞をとられています。昨年はipaのFine Art 部門のファイナリストでした。あなたのキャリアにとってこうした賞はどのような意味をもっているのでしょうか。

JFB: コンペは私にとってすごく重要です。自分を発信する事はすごく重要だと考えています。コンペのジャッジを見て、ギャラリストとかキュレーターで自分がこの人に見せたいと思う人を選んで応募します。いいコンペと悪いコンペがあるので、コンペの選び方にはすごく注意が必要です。
選び方を間違うと時間の無駄になります。価値のあるコンペを選んで、そこで入賞したらすごく大きな影響があるのです。そのひとつがHSBC( Prix HSBC pour la Photographie 2007 )でした。フランスで行われたコンペです。私が最初にアート業界にはいれたのはこのコンペのおかげです。自分がある程度有名でなければギャラリーにアプローチしても絶対に相手にされないですから。ギャラリーというのはアプローチされるのではなくて、ギャラリーの方からアーティストを探しにいくものなのです。それでなくては絶対にアーティストをいれないものなのです。
HSBCに入選したおかげで、ニューヨークのギャラリーやヨーロッパの何カ所かで展覧会ができましたし、本も出版してくれました。アルルでブックサイニングもできました。
全世界で招待されて展覧会ができたわけです。フランスではよく知られたコンペですけど世界的にはあまり知られてないかも知れません。
入賞したときはちょうど妊娠中だったんです。それで結局ニューヨークのショーにはいけなかったのです。
それからコンペで入選しなくてもジャッジがあとからコンタクトしてきて、あなたの写真を展示したいといわれたこともありました。コンタクトがあってどういう写真を撮ってるのかとかインタビューされたりするきっかけになることもありました。いいコンペを選ぶことがすごく重要です。まず自分の写真を世界に発信することがとても重要だと思います。
コンペに応募するときに条件が書いてあって、そこをきちんと読むことも重要です。コンペによっては応募した作品を自由に使えるという権利のあるものもあるからです。その辺を気をつけないといけないと思います。
入選したイメージを次回のコンペの応募用に使われる、というようなものはかまわないのですけれど、コンペによっては広告に使われてしまう、というようなものもあるのでそこは気をつけなければいけません。

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"Teenage Story"シリーズより

F: あなたはファインアートフォトグラファーとして活躍されていますが、コマーシャルやエディトリアルの仕事なども同時にされていますね。アメリカではコマーシャルとファインアートの仕事は厳密に区別されているとも聞いていますが、あなたのなかではいろいろなジャンルの仕事をどのようにセルフマネージメントされているのですか。

JFB: コマーシャルとファインアートをどう区別するか、特にファインアートの業界はコマーシャルをやっているのをすごくいやがる傾向があります。常にこのふたつのジャンルはぶつかっています。
ファインアートをやるためには生活がありますから、コマーシャルもやらなければならないのです。リニアロセというイタリアの家具メーカーがあって、そこではファインアートと広告をいっしょにして宣伝をつくりました。ジュリア・フラートン・バッテンというファインアートフォトグラファーが家具の広告を撮影してくれたんだ、ということでつくられたわけです。お互いのメリットを強調したのです。
ファインアートの人がコマーシャルをやるというのは結構多いですね。

F: コマーシャルとファインアートで別々のふたつの名前を使い分けている人もいますね。

JFB: そうです。私も昔ゲッティイメージズの仕事をしていたときは使い分けていました。今はゲッティの仕事はしていません。ゲッティは5年前にやめました。ストックフォトの仕事はファインアートとはぶつかってしまいますから。
むずかしいところはふたつの名前でやった場合、ウェブサイトをわけなきゃならないでしょ。片方はジュリア・フラートン・バッテンにして片方はJ.F.B.フォトグラフィーにするとか、でも結局ばれちゃいますね。だから意味がない。今は自分のウェブサイトにはコミッションワークとパーソナルワークを同じウェブに入れてます。ギャラリーからはコミッションワークはいれないでくれ、といわれます。コマーシャル側はファインアートをのせてください、といいますね。そうするとクライアントはファインアートもやっている写真家ということで喜びますしメリットがあるわけです。でもギャラリー側はいやがります。
自分は今両方やっていてうまくいってますので問題ないのです。広告をやっている写真家がファインアートをやりだすのは最近ふえています。
コマーシャルよりファインアートフォトグラファーのほうが確実にむずかしいです。それは確信しています。自分が自由に撮影して、ギャラリーで飾ってもらってそれで売ってもらってお金がはいるのは夢ですけどそれは非常にむずかしいのです。
ファインアートの方では自分でギャラリーを探して、自分の作品を気に入ってくれるギャラリーと出会うことはすごく難しくて他の写真家からもあなたはどうやってるのかってよく聞かれます。すごく難しいけど、コンペに応募することはひとつの助けになってます。本を出版することもすごく重要です。

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"School Play"シリーズより

F: 現在幼い息子さんふたりとご主人と一緒にロンドンで生活していられるということですが、第一線で活躍されている写真家として、そしてふたりの息子さんの母親としてどのような家庭をきずかれているのでしょうか。あなたはすごく忙しい写真家だと思いますけれど。

JFB: そんなに忙しくないんですよ。みんなは私がすごく忙しいと思っているみたいだけど、そんなに忙しくないの。子供達とも一緒にいたいから家で仕事をしています。家族と時間をすごすのはすごく重要です。でなければ母になる意味がないですね。それでも夕食を食べたあとでもまた仕事をやりに家の2階に戻ることはしょっちゅうあります。まあ夫はそれは気にいらないんですけどね。休日に家族で旅行に行ってもコンピューターを持って行ってメールのチェックはしています。
まあ、ほんとうに仕事と家庭のスイッチをするのはむずかしいですよね。2,3ヶ月撮影をしないという選択肢もあるけれど、新しいシリーズのアイディアが浮かんだらすぐにもいろいろやりたくなってしまいますからね。

F: コマーシャルワークとパーソナルワークを使い分けるのも大変ですね。

JFB: コマーシャルの仕事がきたら断らないで全部やります。まだ自分が仕事を選べる立場じゃないですから。コマーシャルはお金がいいですしね。もしそれがパーソナルワークをやっているときだったら、そちらは一時中断してコマーシャルの仕事をします。その分パーソナルワークはながびいてしまいますが。
ロンドンの生活も物価が高いし、家族もいるから、コマーシャルの仕事がはいったらそのギャラで旅行もできるしね。だから絶対断らないわ。
ファインアートとコマーシャルの仕事をいったりきたりしているわけですね。実際にはファインアートの撮影自体はそんなに時間がかからないの。ポストプロダクションやプリントは外注にだしていますしね。
レタッチは自分ではやりません。プロに任せています。それは全然別の世界だと思いますし、自分でやるよりもプロがやった方が断然うまくできますからね。知識もないし興味もない。ほんとはフィルムに戻ってやる方が好きです。撮影だけして、あとはラボにまかせて、というほうが好きなのです。コンピューターで操作するよりもね。
すばらしいレタッチャーがいるので、全部任せています。コマーシャルの仕事はそこにだしてますからパーソナルの仕事は安くやってくれますし、出版されたら名前を必ずクレジットしています。

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Tokyo Arts Gallery個展会場にてインタビューを行った。この日は関係者のみのフォーマルなオープニングパーティが開かれていた。記念写真を撮ろうよ、といったらじゃあ日本式でね、ということでVサイン。

このインタビューからも感じられるようにジュリアはとてもアグレッシブで行動的な写真家だ。日本人ってすごくきれいね、(実際ニューヨークやパリ、ロンドンに比べると街を歩いている人達が圧倒的にきれいなかんじがする。おそらくファッションとかヘアメイク、清潔度が高いということなのだろう。)といっていたし、道にストロボをセットアップしておいて喫茶店とか歩いている人などを見て気に入った人がいたら声をかけて撮影もしたそうだ。1分だけ撮影させて下さい、と声をかけてセットアップしたところまで連れて行くのだけれど結局20分くらいは撮影することになるそうだ。
また街を歩いていて外観が面白い家があったので、突然ピンポンとベルを鳴らしてでてきたおじさんに中に入れてもらったそうだ。家の中も面白かったのでストロボをセットしてどんどん撮影したそうで、何時間もかけて撮影したと言っていた。

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ジュリア・フラートン・バッテン ウェブサイト
(このインタビューはTokyo Arts Galleryのご好意により実現しました。ここに深く感謝の意を表します。)