ヒールト・ファン・エイク インタビュー
ブレダフォト・インターナショナル・フォトフェスティバル主催
Geert van Eyck Interview 2014/Semtember
フラクションマガジンジャパン(以下F): BredaPhoto International photo festivalのミッションを教えてくださいますでしょうか。
ヒールト・ファン・エイク(以下G):ブレダフォトは2年おきのフォトイベントです。一番重要なことは写真の世界でなにがおきているのかを伝えることです。2年ごとにその年のテーマを決めてプログラムを作ります。今年のテーマは「ソングス・フロム・ザ・ハート Songs from the Heart」。
まずこのテーマを頭にいれながら写真家を探していきます。私たちのフェスティバルではいろいろなレベルの写真家を見せたいのです。有名な写真家もいれば新人もいる、というように。写真をみてくださるお客さんに写真の世界のなかでなにがおきているのかを伝えたいのです。例えば今、写真家はフィルムで実験している人も多い。動画と写真の境界線がなくなりつつある。写真家とフィルムメーカーがオーバーラップするようになってきています。また、写真と動画を組み合わせてやる人も増えています。
Geert van Eyck
F:なるほど。では、コンテンポラリーアートと写真の境界ということも重要になりますね。
G : 写真のプログラムや概念は結構広いですね。まずドキュメンタリー系の人とアート系の写真家がいますが、そのどちらも見せたいのです。誰かがフォトグラファーハルさんの写真を見ていて、ミニマルアートと強いつながりがあると言ってました。
そのように写真というメディアの概念はとても広いのでそのことを伝えていくことはとても重要です。写真家だけのためのフェスティバルではなくて、もっと広範な人々、一般の人に見てもらいたいのです。写真は新しいメディアですので、写真が好きな人、普通の人々にアピールしたいのです。そして私たちの考えているテーマを聴衆にうまく伝えられれば、と思っています。
フォトグラファーハル氏の作品は6メートルもの高さの巨大プリントになって屋外展示された。
ブレダフォトは屋外展示作品が多く、住宅地の中に展示されているので通りがかりの人達も気軽に鑑賞できる。
F:今年のテーマである「ソングス・フロム・ザ・ハート Songs from the Heart」とニューロマンティック New Romantic について少し説明していただけますか。
G : 「ソングス・フロム・ザ・ハート」というテーマはとても現実的なテーマだと思っています。また私は西洋にいますが、それを東洋の世界にも結びつけたいと思っています。私たちの選ぶテーマというのは常に社会とのつながりの中で選ばれています。例えば2008年はマルチカルチャーがテーマでした。西ヨーロッパにアフリカから感染症がもたらされてそこに社会的な抗争がおこりました。そういう背景の中で写真家は自分たちの考え方を表現していました。2010年にはリーマンショックのような財政危機がおこりましたね。これもとても現実的な問題ですよね。私たちの生活に関わるテーマでした。
例えば毎日新聞を見ているといろんな問題とか事件がありますね。毎日戦争の写真を見ているとそこから逃避したい、という気持ちにもなります。今年のテーマは心のゆとりをつくるてめにクライシスじゃない、現実のことから離れたテーマになっています。写真のテーマは社会的、例えば金融問題だったり戦争のような現実的なテーマが多いのですが、今回のテーマはそこから離れたテーマです。それだからこそマスコミからも注目されています。
普通人間はみな自分のことでせいいっぱいです。そして自分は誰なんだろうということを見つめています。皆、自分は特別な人間だと考えがちです。自分こそは本物指向の、オーセンティックな人間なんだと思っています。そしてfacebookに自分好みの写真や動画をアップして自分はユニークな人間なんだと主張します。マスプロダクトではない特別製のハンバーガーを食べたり、オーガニックな珈琲を飲んだり、人とは違う特別の自転車に乗ったりして本物指向をアピールします。とはいっても自分のユニークさを誰もが主張し始める、という事は結局ジレンマに陥ってしまうことにもなります。
こうしたことは19世紀のロマンティシズムから綿々とつながっていることです。ロマンティシズムは自然から予想も出来ないような力と真の美の源を発見したのですが、現代のアーティストも同じように感じているはずです。
例えばカスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの絵画に象徴されるような世界、同じような絵柄のコピーがたくさん出てきます。映画のポスターとかね。
ロマンティシズムは啓蒙主義や理性的な考え方とは対極の感性です。けれども空を飛んでみたいというようなロマンティックな夢想が結局飛行機を生み出したように常に内部に矛盾をかかえた概念でもあるのです。ですからロマンティシズムは多様な意味あいを持たざるを得ません。ノスタルジックだったり、キッチュだったりという非難も浴びてきました。「ソングス・フロム・ザ・ハート」もダブルミーニングのテーマです。ひとつはセンチメンタルにもなるし、また心が火のように温かいというテーマにもなりえます。
21世紀の写真家たちがこのテーマとどうつながっていくのか、ずうっと遠くに位置しているのか、それともロマンティシズムが発見した源泉からインスピレーションを得ているのか、今年のブレダフォトはこの問いかけのはじまりに位置していると思います。
ブレダフォトのポスター。Todd Hidoの作品が使われている。
ドイツロマン派の画家・カスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの絵
ドイツロマン派の画家・カスパー・ダヴィッド・フリードリッヒの絵
会場にはフリードリッヒの絵を引用した映画のポスターや写真作品などが展示されている。下段左から3番目はClay LipskyのAtomic Overlookからの作品。
オランダのアーティストEelco Brandはフリードリッヒの絵画に想を得たコンピューターアニメーションを作成した。
他にもドイツのアーティストAndrej Gglusgoldはフリードリッヒの絵画の元になった風景を撮影した作品を展示している。
F:ブレダフォトはどのようなかたちで運営されているんでしょうか。
G : 一番重要なのは全員ボランティアで写真好きなんです。中心メンバーは3人で私とレイナウト(レイナウト・ファン・デン・ベルフ Reinout van den Bergh とヤン( ヤン スヒャーラークンス Jan Schaerlackens)が一緒にやっています。私たちはプログラムを考える人です。写真家の選定もこの3人でやっています。あなたが昨日あったチェアマンは政府とお金の交渉をする人なので、彼は写真のことはやっていないのです。
今回もお金を集めて7週間開催するわけですが、2016年9月にお金があるかどうかはわからないんですよ。
オープニングパーティでのチェアマンの挨拶。
オープニングパーティ会場。
オープニングセレモニー。
オープニングセレモニー会場入り口。セレモニーが終わってもここからなかなか人が立ち去らず、長いこと議論をしている。
F:ほんとにフォトフェスティバルの運営は大変ですね。このフェスティバルはブレダの街の広範なエリアで開かれているので全部見て歩くのも大変ですね。なかには運河を船で30分くらいかけていく展示場所もありますし、その道中では運河に架かった橋にも写真が展示してあって船の船頭さんがおもしろおかしく写真の解説をしてくれます。ツアーガイドのボランティアの方もいらっしゃいますね。どのくらいのボランティアの人が働いているのですか。
G : ボランティアは100人くらいです。展示をする人、事務をするひと、珈琲をだす人もいればインフォメーションデスクの人もいます。ボランティアの人の調整もなかなか大変で、お金を払っていれば仕事になるからきちんとしていますが、ボランティアだと明日は都合が悪くなったとかいろいろあるんですよ。管理するのが大変なんです。こなくても文句言えないですしね。
運河を行くボートツアー。途中の橋桁にも写真が展示してあって、それを船頭さんのツアーガイドが解説してくれる。
ボートツアーで人工の砂浜に行ける。そこにも写真が展示されている。
人工の砂浜に展示されたエド・テンプルトンの作品。
F:始まりはいつ頃だったのですか。
G : 2003年から始まって今回が6回目です。すこしずつ経験を積み上げています。
F:始まりはどのようなかんじだったのですか。
G : 2003年の時点ではフォトフェスティバルはオランダにはなかったのです。フォトフェスをやるのかやらないのか、どこでやるのか、ということを議論しました。やっているとわかってきますけれど常に新しいアイディアが必要で進化を続けていかなければなりません。例えば日本人の写真家の力が強くなってきているので、なにか一緒にできないか、という可能性も考えています。常にどうすればフェスティバルをよくすることが出来るかと言うことを考え続けています。オランダとベルギーのアートアカデミーと一緒にコラボレーションしていますので若い新しいタレントがたくさんいるんです。ブレダで展覧会をして3ヶ月後に雑誌で注目されていたりする若い写真家もいます。私たちも学校に行って若い人達の考え方を聞いたり、若い人がどういうことをやっているのか、どんなことを考えているのかを聞きにいきます。写真は社会とのつながりがあるので、若い人が社会をどのように考えているかと言うことはとても興味があるわけです。そういう意味では学校との関係も重要です。若い人達の手助けもしたいですしね。いろいろな写真関係のギャラリーとか関係者から連絡がきていい写真家がいないか紹介してほしい、というような話もでるわけです。自分たちのフェスティバルのためだけじゃなくて他のフェスティバルにも協力します。
F:ブレダフォトフェスティバルが始まってか1週間後にはアムステルダムでUnseen Photo fairが開かれますが、お互いに関連しているのでしょうか。
G : ブレダはノンプロフィットでアンシーンはコマーシャルです。例えばブレダで展示している写真家がいて、それに興味をもったアムステルダムのギャラリーがアンシーンで販売するとか関係ができていくわけです。一方はノンプロフィットで一方はコマーシャルなので、協力しあっています。写真家は稼ぐのが難しいからブレダで展示の機会を得て、アンシーンで販売する、ということになりますね。うまく協力しあっていると思います。我々もアンシーンで韓国の写真家を見つけるということがあったりしますから。
Todd Hidoの展示会場。
Todd Hidoの展示会場。
会場はMOTIという美術館。
アンシーンフォトフェアでもTodd Hidoの作品が展示販売されていた。
F:観客はどんな方がいらっしゃるんですか。
G : 7週間で6万人の人達が訪れます。会場は普通の居住エリアにもありますから、もちろん地元の人がたくさん見に来ます。あとはベルギーの国境に近いのでベルギーからの観客も多いです。その他にもドイツ、フランス、イギリスなどからもいらっしゃいますね。
それと、ギャラリストとかキュレーターの方もいらっしゃいます。私もアルルとかニューヨークに行きますし、フェスティバル同士で協力しあう必要もあります。日本にもいってフォトミュージアムを訪ねていますよ。
ところで東京にはフォトフェスティバルはありますか。
F:いや今のところはないですね。
G : 日本の写真業界はいいですし、写真集を作れば売れるんじゃないですか。
F:日本では写真集は写真家にとって重要なメディアになっていますね。でも売るのはやはり大変です。
G : オランダでは日本の写真家とかフィルムメーカーは波があって人気がある時とそうでもないときがあります。
西洋の目から見て日本の文化にはつねに興味があって小説とかにも注目しています。
F:村上春樹とかですか。
G : そう、いいですね。
F:ヨーロッパではパリフォトが写真界を牽引していて、アルルや各国のフォトフェスティバルも盛んに行われています。現在のヨーロッパでのフォトアートの受け止められ方はどうなんでしょうか。
G : フランスで有名なのはアルルとペルピニョンですね。問題は観客の皆さんは非常に写真に興味はあるのでけれど、買うとなると別問題でプリントを売るのはまだまだむずかしいと思います。要は写真が売れないと写真家が食べていけないからパリフォトとかアンシーンで写真を売るところがあると言うことはとても嬉しいことだと思います。
アンシーンでも今まで見たことがない写真集がある。香港の町中の占い師の写真集とかを見ました。今の世の中はみんなただで手に入ると思っていますからね。インターネットで音楽も雑誌も、それは問題だし残念なことです。売るということがすごく難しくなっている。
F:さしつかえなければ、フェスティバル開催に関する大まかな予算や収入源を教えていただけますか。
G : 写真は写真家から無料で提供されています。最初のスタートの時は企業から資金を集めようと思いました。ところが企業もなかなか寄付をださないので、ブレダ市から寄付を集めたり、政府とファンデーションなどに寄付を募りました。大きいファンデーションというのは例えば銀行で、毎年寄付の予算があって、その予算をどこに寄付するのかは銀行がさがすわけです。いろんなファンデーションにアプローチして寄付をお願いしています。3万ユーロ、できれば5万ユーロ、企業によっては5万は払えないから4万とかという具合に。
2月に資金集めがうまくいけばそのままできるけど、その時点でお金が集まらなければ9月には開催できない。今まではうまくいってたんだけど、次が必ず集まるかは約束できない。みんながファンデーションに寄付をお願いするから、なかなかきびしくなっているということなんです。
600000ユーロが今年の予算です。お金はすごくかかりますが、 結果が素晴らしいとその苦労も忘れますね。
それと入場料はとっていません。野外の展示が多いですからね。ミュージアムは2カ所だけで、そこは入場料があります。とにかく今はフェスティバルを楽しんで終わってから反省会をやります。
F:東洋についてはどのようにお考えですか。
G : 個人的な意見なんですけどアントワープのギャラリーとコンタクトがあってそこは中国人の写真家とのコネクションがたくさんある。すごくそれはおもしろい。新しい事をやっていてすごく面白いのですね。ダイナミックです。
パリのエディターが韓国人の作家をたくさん知っているとか新しいところをどんどん開発していますよ。自分にとって新しいことですね。世界中の新しいタレントを常にさがしています。中国、インド、アフリカ、ロシアなどですね。ピーター・ヒューゴとか南アフリカの写真家もいいですね。世界の写真家の新しい波を伝えることはすごく重要だと思っています。 オランダではドイツ写真ばっかり見せるフェスティバルがあるのですが、それは自分たちの目的とは違うのです。
アレック・ソスのNiagaraの展示
オランダ人写真家・Koen Hauserの展示
Ed Templetonの展示
オランダ人写真家・Martijn van de Griendtの展示
楢橋朝子・Towards the Mountainの展示
Kris Vervaekeの展示
ベルギーの写真家・Tom Calleminの展示
アムステルダムのPhoto Q Bookshopの写真集販売ブース
参加した写真家のために開かれたディナーパーティ
ブレダフォトインターナショナルフェスティバルおよびアンシーン・フォト・フェアのレポートは永田陽一のブログ「ポートフォリオレビューへの道」にも掲載していますので、ぜひご覧ください。
ブログ「ポートフォリオレビューへの道」
アンシーン・フォト・フェアとアムステルダム
BredaPhoto International photo festival