青山裕企 インタビュー
Yuki Aoyama Interview 2013/September
永田陽一(以下*): 今年(2013年)の4月に香港で個展を開かれたわけですが、それはどのようないきさつで開催されたのでしょうか。
青山裕企(以下A): 和田画廊の和田さんの知人の方が香港でギャラリーを運営されていらっしゃいまして、そこで日本のアートを紹介していきたい、ということで始まった企画です。これまでにも海外での展示はあったのですが、個展としては初めてのことになります。
* 展示内容はどんなかんじだったのでしょうか。
A: 『スクールガール・コンプレックス』をまとめたものだったのですが、タイトルは「絶対領域」となりました。
* ギャラリーのオーナーの方は日本人なんですか。
A: そうです。
* ロケーションはどのあたりなんですか。
A: ハリウッドロードといってセントラル駅から坂をのぼった山側の骨董街のあたりにあります。ギャラリーも集まっている地域です。
* 香港で個展をひらかれる、中国の人達に作品をみせるということでどんなことを考えて展覧会の企画をたてられましたか。
A: 2006年から始めた『ソラリーマン』シリーズと『スクールガール・コンプレックス』シリーズの二つをこれまで発表してきまして、年に1回は個展もやってきました。2009年以降に写真集も刊行してきたんですが、台湾で僕の写真集が数冊ほど翻訳出版されているんですね。アジアの方々は日本の文化に対するアンテナも鋭くて、僕のホームページへのアクセスも多いんです。現地のメディアで言及していただいたりと、よく調べてくれています。 秋葉原やオタク文化などにも関心が高いですから、制服というアイテムはアジアや中華圏の人達にとってわかりやすいテーマであるという認識がありました。もちろん台湾、香港、中国本土と微妙に違う反応があるんでしょうけれど。
和田画廊で最初2008年に個展を開催したときから、長期的な10年ぐらいの計画として海外に展開してゆこうという提案をいただいていました。 海外を意識して制作しているわけではないのですが、サラリーマンや女子高校生、制服といういわゆる日本的なテーマに僕の興味は強く向かっているということは、常に意識していることです。 香港についてはあまりよく知らなくて、なんとなく富裕層が多いのかなというイメージがあったので、作品が日本より動くのではないか、という予感はありました。
* それで実際に個展をされてみてどんなことを感じられたんでしょうか。
A: 今までアートフェアなどで海外で紹介されていたといっても自分が行っていたわけではなかったので、今回のように現地でのリアクションを実体験したのは初めてでした。会期が1ヶ月ありまして、その間に2回レセプションなどで香港に行ってきました。そこで感じたのは、思いのほか作品のことを理解されているんだな、ということでした。日本の文化やサブカルチャーのこともよく知ってましたし、質問もとてもストレートでした。 日本だととりあえず「いいですね」というような反応があって、疑問があってもそのままでいいか、という事が多いと思うんですよ。作品への好き嫌いはあっても、いいか悪いかの評価はなかなかできない。 香港の人はなんでこの制服を着ているんだ、とかなんでこのポーズをしているんだ、とかどんどん質問してきます。日本だとこのプリントはどういう種類なんですかとか、カメラは何を使っているのですか、という技術的な質問が多いですよね。
* サラリーマンとか女子高生の制服へのフェティシズムとか日本人同士だと説明不要のところがありますね。
A: 展覧会場に『ソラリーマン』の写真集やポートフォリオも置いてありましたので、僕の作品全体のプレゼンテーションもできたのですが、同じアジア圏ということもあってか、かなり深い部分まで理解されていました。『ソラリーマン』にしても、企業の一戦士としての悲哀といったことまで、理解されていたと思います。 昨年スペインのフォト・エスパーニャに出品したときは、もっと訳がわからない、という反応でした。特に『スクールガール・コンプレックス』のほうですね。“萌え”とか“フェチ”といった部分は理解されなくて、とにかく謎で不思議というとらえ方が多かったです。欧米の人が決して撮らない対象だし、撮り方としてもありえないのだと思います。作品として評価はされたのですが、香港・アジアの人たちが理解してくださったような見方はされなかったんですね。
* フォトエスパーニャはグループ展だったのですか。
A: アジアの写真家を一同に介して紹介するという企画でした。2007年のキヤノン写真新世紀で優秀賞をいただいたときの審査員である南條史生さんがキュレーターだったんです。
* 青山さんの作品が香港でも売れたと和田さんからうかがったので、え、それはすごいな、と思いました。僕の奥さんが香港人で香港の写真家や上海のフォトギャラリーとも交流があるのですが、中国や香港では写真はまったく売れない、と聞いていました。
A: 僕はそういう予備知識はなかったんです。ただ漠然と日本より売れそう、という予感があったんです。個展にどんな層の人達がいらっしゃったか、ということは詳しくはわからないのですが、僕が滞在したときに成約したのはロシアの人とか、ブラジルの人でした。香港の人達はレセプションの時に大勢いらっしゃって、写真を撮ったりして盛り上がってましたが、そのまま楽しく帰って行ったという感じではありました。
* そうですね。フラクションマガジンジャパンにも掲載された写真家のヴィンセント・ユーさんはセントラルからほど近い上環でフォトギャラリーを運営されていたんですね。そのギャラリーも1日に100人もの人が訪れるほど賑わっていたそうなんですが、写真は全然売れなかったそうなんです。それで結局ギャラリーをやめてしまったんです。彼によれば、香港の人は写真をアートとして見る教育を全然受けていないし、まして写真を買うなんて事はあり得ない、という感じだそうでお金があればブランド品などを買う事しか考えないそうです。それでも青山さんの作品が売れたということは、今年は香港でアートバーゼル香港が開催されたりして海外からもコレクターがきたでしょうし、普段でも金融センターなので海外からビジネスマンが多く訪れている、ということもあるんでしょうね。
A: 『ソラリーマン』などはそのへんでの理解もあるかも知れませんね。
* 『スクールガール・コンプレックス』のプリントが売れたのですか。
A: 『スクールガール・コンプレックス』の新作と旧作をもっていったのですが、どちらも売れました。旧作の方がやや多いかも知れません。旧作は額装で、新作はアクリルマウントなんです。アクリルのキューブの作品も作りました。
* 青山さんはプリントを売るという部分はどんな意識でやられているんですか。
A: 今35歳なんですけど、和田画廊で個展をはじめたのが5年前で30歳の時です。先ほど10年計画という話が出たと思いますが、40歳になる前までに写真を売ることで生計を立てる、ということが目標のひとつなんです。
* なるほど。日本の写真家でプリントを売ることで生計を成り立たせようと思っている人はたぶん少ないですよね。
A: そうですね。一見、現実的ではないですよね。当然、海外でのプリント販売も視野にいれていますし、日本でプリントを販売する普及活動も展開していかなければと思っています。 僕の原点として、写真を始めた時に楽しくてしょうがなかった時代がありまして、当時大学生だったのですが、フイルムで写真を撮って、暗室でプリントして、ポストカードサイズにプリントしたものを路上で売ったりしていたんですよ。路上なので写真に興味がない人も来ますよね。1枚100円とかで売ってまして、買ってもらってもそれでバイト代にもならないんですけど、でも、その喜びが忘れられないんです。純粋に自分の作品を気に入ってもらって、その対価として金銭を得ることができるということが大事だと思っています。その延長線上に今の活動もあると思っているんです。 仕事として写真を撮るということも含めて、例えば今の割合が仕事が8でプリントが2だとすれば、いずれ仕事が5でプリントが5、仕事が2でプリントが8といった具合に発展していければいいな、と思います。
* なるほど、そういう写真家がでてきたんですね。すごいな。今日本でもプリントを売るということが少しずつ現実的になっている状況が出てきたと思います。僕もワークショップ写真学校・細江英公教室での最初の授業でたくさんのすばらしい写真家のオリジナルプリントを見せていただいて、細江先生から「写真家はオリジナルプリントを売って生きていかなきゃならん」というご託宣をいただいたんですが、日本ではそんな状況はまったくなくて僕の写真生活のほとんどの部分は広告の仕事をしていたんです。でも今、僕も原点に戻って日本でもオリジナルプリントを売って写真家が生きていくことができるようなお手伝いを少ししたいなと考えてこのような活動をしているわけです。
A: それはすばらしいですね。ちょっと矛盾するのですが、僕は写真を売って生きていこうとするなかで、あまりがつがつしていきたくないな、と思っています。だから今は、プリントがいくら売れたとか細かく計算しないようにしています。作品を濁らせてはいけないな、と思っているので。売れる作品の傾向というものがわかり出したりすると、それに合わせて作風を変えてしまう恐れがあると思っています。そんな気持ちでは、作品が濁っていってダメになりそうな気がするんです。作品がどうお金に変わるのかというところは、頭の中ではブラックボックスにしておきたいのです。その分全力でいい作品をつくる、自分の撮りたいものを撮ることに集中するようにしています。あとは和田さんのようなギャラリストの方がやってくださるので、お任せしつつ裾野が広がってゆけばいいかな、と考えています。
* 和田画廊で個展をされたときは、見に来てくれたお客さんに女子高生も多かったと聞いています。
A: そうですね。ここ近年の特徴としても女性のお客さんが多いですね。
* 青山さんご自身の解説にもあるように、青山さんの作品はご自身の妄想だったりするそうですね。たぶん日本の男の子であればだれでももっているような妄想で、学校生活の記憶のようなところから発していますよね。
A: まさに男子目線なんですよね。でも女性のお客さんからの感想だと、どこか懐かしい、という感覚があるようです。男が男の脚を見てドキっとする事はないと思うのですが、女性は同性の身体をみてドキっとする。でもそれは、同性愛とはまた違う感覚でもあるようです。まあ、女の人のことはよくわからないんですけど。
* そうですね、顔は見えないので誰だかよくわからないですよね。フェティシズムというか。だれでも感情移入しやすい作品になってますね。
A: もちろん、パッと見制服を着てるんですけど、香港の個展会場でもあけすけに脚のここのラインがいいとか語っている人がいたり。日本の個展でも、最初の頃はこっそり見てる人が多かったように思うんですけど、最近は全然そんなことない。
* 最近インターネットで調べていたら、青山さんの作品のような写真集がたくさんでてますね。日本の得意芸の二番煎じ的なものが。いままで気づかなかった視点なのかな、とも思います。
A: 誰しも見てたり、思ってたことなんでしょうけど、僕がそれを堂々と、バーンと出してみた、という感じがあるのかもしれないですね。
* そういう気持ちって日本だと少女漫画とか、すごくあけすけなエロティシズムに行ってしまう傾向があると思いますが、そこをものすごく抑えてますよね。そうではなくて、そこはかとない雰囲気にとどめています。
A: 日本人だと多くの鑑賞者がそこまでたどりつく、香港でも一定の方はたどりつくみたいです。アジア圏の人の理解の深さもありますね。 でも若い少女を主体としているように見えるので、そこはかとないように見えるんだけど、はっきりポルノととらえる人もいるんです。日本にいる限り、なかなか感じづらいことなんですけど、そうか、これがポルノだったらもっとすごいのがいっぱいあるんだけどな、というやりとりを外国の方としていたら、日本はまるで天国だみたいな、欧米だと規制がきびしいし、周りの目もきびしいと言われました。
* 少女ということではアメリカは規制がきびしいですね。
A: 香港の個展のときに新聞に広告をいれてもらったんですけど、掲載可能なものと不可能なものがあって、結構掲載不可な写真が多かったんです。脚がみえてるだけなんですけど、ちょっとでも欲情を煽るようなものはダメという解釈でした。
* 日本ではどこからがポルノで、どこからがポルノじゃないという境界線があまりないと思うのです。アメリカのようなキリスト教的なモラルがきびしいところは、その辺の境界がはっきりしている。
A: 年齢的な制限もはっきりしていますよね。日本でもだんだんそういう法律は整備されつつありますから、まあ、いろいろ変わってくるのかなぁと思います。
* 撮りだしたきっかけみたいなものはあるのですか。
A: 2006年にグループ展を友達とやるときにテーマが「変態」だったんです。そのころは『ソラリーマン』を撮ってて、『ソラリーマン』を撮る前は友達が跳んでいる写真ばっかり撮っていたので、それだと「変態」にならないですよね。どうしようかな、と思った時に、自分が一番変態というか、欲望の軸が歪んでいた時期っていつだろうと考えたときに、やっぱり思春期というかいわゆる高校時代。性的に多感というか、辞書などでエッチな言葉を調べるだけでも興奮するというか、そんな時代を思い出したときに、気づいたんです。負けてると思ったんですね。当時28歳でしたけど、高校生の自分の、例えば前の女の子の膝裏を見ただけで、一気に高まってしまうという欲望のマグマみたいなものが、今の自分には足りない、嫉妬というかくやしさを感じました。もちろん当時の僕がカメラを持っていても絶対にそんな写真は撮れないわけで、それが今なら再現して撮れると思ったわけです。
* 撮影された作品にはアドレサンスの多感な少年である青山さんの気持ちが投影されているわけですね。
A: 当時の気持ちを完全には再現出来ないかも知れないですけれど、今の自分の写真的視点を組み合わせることで、ひとつの作品になるのではないかという気持ちでした。 当時の気持ちとしてはエッチな気持ちもあるんですけど、なにぶん経験がなさすぎたので、「女の子は純真無垢なもの」と思い込んでいるわけですよね。性的な対象でもあるし、同時に聖なるものとしての聖的な対象でもある。 大人になれば、現実を見るにつれて夢が壊れていきますよね。 そんな複雑な感情を作品に込めたかったので、単なる性的な対象ということではないそこはかとなさをいれたかったんです。 それと、当時の目線は特定の女の子と向き合っている目線ではなくて、あくまで覗き見的な目線なんですね。なので、顔が写っていないんです。
* 作品のモデルは女子高校生なんですか。
A: こういうインタビューの場では、秘密ということにしています。 作品を制作する最初の頃は、制服やルーズソックスは記号なわけで肉体的な部分や教室などの背景はフェイクのほうがいいのではないだろうか、ということを考えてはいたんですけどね。
* あまりあからさまにならないほうが面白いですよね。
A: そうですね。写真って読み解くのもおもしろいですし、作品の背景となるインタビューを読んだりするとさらに造詣が深まるんですけど、でも謎を残しておくことも大切だと思います。想像の余地といいますか。 香港でもよく聞かれたので、男かも知れませんよ、なんてとぼけています。女装している男の子の写真集もだしたことがあるので、結構わからないものなんです。でもじっと見るとわかるんですよね、たとえば毛穴とかを注視すると。 制服はあくまで記号であって、顔も見えないし、性別、年齢もわからないから個性もないんですが、よりぐっと凝視してみると性別とか年齢の痕跡が立ち上がってくる場合もあるんです。首元が写っていれば首の皺で年齢がわかってくるかもしれないですしね。
* それは青山さんの作品を見るときのおたのしみの部分ですね。
A: 写真集とかネットでの公開が先走っていた面もあるんですが、あくまで展示がメインなので、そうすると結構大きなプリント(1m超)になるわけです。そうなるとどこかで個性が立ち上がってくる痕跡が見えてきます。これは写真集からはなかなか見えてこないんです。靴下の痕とか、剥げたマニキュアとか、普段の生活では見えないところまで見えてくる。
* なるほど、写真集だけじゃなくて大きなプリントを見ることによってさらに青山作品の楽しみ方が広がるわけですね。コレクターの楽しみもふえますね。青山さんの展覧会では大きなプリントだけではなくて、小さなプリントを企画して販売されていると聞いたのですが、それはどういう作品でしょうか。
A: 小さいポラロイドサイズくらいのプリントですね。それをたくさん貼っておいて気に入った写真を買ってもらうとかですね。
* 値段は安いんですか。
A: 安いですよ。誰でも買えるように設定します。
* そういう作品を、女子高校生が買っていくと聞いてますけど。
A: もっと写真を買うという行為を身近なものにしていきたいんですね。大きい作品だと数十万とかしてしまいます。そのくらいの値段だとコレクターの人だったら買えるかな、という値段ですけれど普通の人は買えない。でもそれが、突然自分にも買える値段で目の前に現れると、見方が変わると思うんですね。持ち帰れるかも、買ったらどこに飾ろうかなっていう気持ちがでてくる。
* 今持っているお財布の中に入っているお金で買えるかも、っていうことになると、展覧会場での作品を見る目が変わってきますね。
A: それだけ安くするには付加価値を下げなければならないので、エディションをつけなかったりとかしていますけれど、そうすると毎回来て買って下さる方もでてきます。それが積み重さなっていけば大きな作品1枚分くらいになったりすることもあるわけです。コレクターの卵になるかもしれませんよね。 僕もプリントを売って生きて行こうと思っていますので、年に1回以上は他の方の作品を買うようにしています。写真に限らないですけれど、ああ、欲しいなという作品がありますよね。これはちょっと高いなと思う作品もありますけれど、身銭を切ってでも買うようにしています。 僕の個展でも写真集を見てくれている人が来ていて、そういう人はお小遣いやバイト代から写真集を買っている人達だったりするんですが、コレクターではないそういう人達にもプリントを買うという選択肢があればいいと思います。写真の楽しさを広げていきたいですね。
* 自分の手が創り出したものを他の人が買ってくれるというのはとてもうれしいことですよね。 それと、日本でプリントを売るという事にはもっともっと工夫が必要だとおもうんです。そもそも居住空間がアートを飾るというようにできていないことが多いですし。だから小さくてもいいからとりあえず壁に飾れるものを手に入れて飾ってみるという経験をしてもらう。無理矢理でも飾ってみると空間の感じが変わってくるんですね。
A: そう、結構ポスターは貼るんですよね、若い子たちは。でも写真はなかなか貼らない。ポストカードぐらいでしょうか。
* 僕なんかも若いときには自分の部屋にポスターをよく貼りました。ちょうどヒッピームーブメントがでてきたりした時期で、サイケデリッックミュージックのポスターとかはかっこよかったわけです。それから横尾忠則さんのポスターとかね。壁に貼ることで自分の好きな世界に浸っている気分になれますよね。自分の部屋を自分の世界に染め上げていくのにポスターを貼るっていうのはうってつけだったんです。 最近、イケアなんかに行くと若い人が額にはいったクリムトの複製なんかを買っているのをよく見かけます。かなり大きな額ですよ。アートも含めてインテリアを楽しもうという世代が出てきたのかな、と思います。 それが複製じゃなくてオリジナルのほうがいいかな、エディションがついていれば世界でこの作品をもっているのは10人しかいない、というようなことでだいぶ意識が変わってくるかも知れないですね。 今問題なのは、プリントの値段だと思います。ニューヨークのチェルシーのギャラリーだと大きな作品ですけど、エディション3とか5で何百万という写真作品があるわけですよね。そういうのを日常的に見ているから、10万前後だったら、ま、買えるかなと思いますよね。日本だといきなり10万だと、え?!という反応のほうが多いでしょう。 ぼくらの世代だと個展をやって、そこで売ることはほとんどなかったので、額装なんかしちゃうとあとの保管が大変なんです。そこで、いくらでもいいから買って、ということでオークション形式で値段をつけてもらって売ったことがあるんです。そうすると2000円くらいから高くて2万円くらいまでつける人がいるんですね。 友達の小学生の子どもも2000円くらいならお小遣いで買えるからということで買ったりしていました。何で小学生がって思うのですが、親に聞くとうちの子はインテリアに興味があって椅子なんかも自分の好きなデザインの椅子を買ったりするんです、ということでした。結局安いからたくさん売れるので総額で60万円くらい売れましたね。 青山さんのミニ作品を買っていくような女子高校生も将来コレクターになるかもしれませんね。
A: そうなると面白いですよね。『ソラリーマン』とか『スクールガール・コンプレックス』を作品としながら、作品を売って生活していこうと言ってるわりには、そうした作品を部屋に飾るってどうなんだろうな、って思ってしまうところもあるんですね。風景の写真とかならわかるんですが。ちょっとあくが強いっていうか、合う空間が限られているような気もして。だからどう飾るのかな、って気にはなりましたが、買われた方に聞くと、自由な発想で飾ってくれているようで、安心しました。
* アメリカではどちらかというとドキュメントの分野が一番尊敬されているように思うんですね。渡邉博史さんがサンタフェでファーストプライズをとった作品が北朝鮮をテーマにした作品だったんです。その作品をスーザン・スピリタス・ギャラリーなどで売っているんです。僕も最初にその作品を見たときに、北朝鮮か、渋いテーマだと思ったしそのようなドキュメント的な写真が果たして売れるのかな、って疑問だったんです。でも北朝鮮の民族服を着た少年のポートレートをアメリカの住宅の部屋に飾ってあるのを見ると違和感ないんですよね。 そのへんでずいぶん意識が変わりました。ドキュメント的な写真でも売れるし、飾ってもいいんだ、っていうことだし、プリントセールスについてもなんでもありだってことなのかな、ということですね。 アメリカのニューポートビーチとか高級住宅街がある街ってあるじゃないですか。そういうところの不動産の広告とか見てみると、え〜って驚くような、ハリウッド映画に出てくるみたいなすごいおうちなんですよね。そういうところだと、青山さんの大きな写真が飾ってあったとしても違和感ないでしょ。むしろかっこよく見えるんじゃないかな。
A: 飾るという事に関しては、どうしても日本のマンションとかアパートという発想になりがちですね。アメリカのドラマで見るような邸宅に住んだこともないですしね。でもそういう邸宅ならいろいろ可能性がありそうですよね。
* これから日本の写真家がどんどんプリントを売っていくようになってほしいわけなんですけれど、最終的には日本でプリントが売れるようになってほしいですよね。例えば青山さんの作品が3枚くらいリビングルームに飾ってあるお宅があれば面白いんじゃないかって思うし、そう感じられないと売れないんじゃないかな、って思います。
A: そうですね。確かに『スクールガール・コンプレックス』の作品を買って下さった日本人のコレクターの方も、この作品をご自分のリビングルームのここの位置に飾るとはまるんだよね、っておっしゃっていました。その方の他のコレクションとの関係性でここのピースとしてピタっとはまるんだ、ということなんですね。 僕の事務所なんかでも自分の作品を飾ることはしないんですよ、なんかなじまないっていうか。自分で買った他の方の作品は飾るんですが。 でもやはり自分の作品をどんなふうに飾るかというイメージがあったほうがいいですよね。
* 欧米のように写真のマーケットがあるところの写真家と日本の写真家の違いというのは、前者は躊躇なく自分の作品を買ってもらって、飾ってもらうということに堂々としていますよね。僕たち日本の写真家は、自分の作品を飾ってもらうという事に対してどうなんだろう、大丈夫かな、というとまどいがまだあるんじゃないか。
A: 『ソラリーマン』の方は最初はあまり動かなかったんですけど、最近ちょくちょく売れるようになってきてまして、財団の方がまとめて購入ということもでてきています。『ソラリーマン』は単純なコンセプトなので、新しい展開があるというより、どんどん数がふえていく作品なんです。タイポロジー的な。そうすると1点というよりもまとめて買っていただくと、結構圧巻だったりするんです。
* 企業のオフィスに飾っていただくというのもいいですね。その場合は10点くらいまとめて、というほうが壁が映えますね。
A: 去年(2012年)の12月に和田画廊で個展をしたときは『ソラリーマン』と『スクールガール・コンプレックス』を2週間おきに入れ替えて展示しました。自分のなかではこの二つの作品は関連しあっています。日本的なものであり、アイコン的なものです。『ソラリーマン』は、画一的で没個性的、記号的でスーツを着せたら皆サラリーマンというありふれた存在になってしまう、そんな彼らを跳ばせることで、個性を一瞬輝かせて、その瞬間を収めるというコンセプトなんですけど、『スクールガール・コンプレックス』は、本来人は個性的であるのだけれどその個性的な部分を(顔を中心に)隠していくことで記号的な要素だけを浮き立たせるという手法です。「個性と記号性」がそれぞれテーマになっているんですね。
なのでその二つのシリーズの関連性ということも見いだして欲しいなということもあって、そのような展示方法になりました。 よく次になにを撮るんですか、って聞かれるのですが、テーマをぽんぽん変えられるタイプではないんです。懲りないというか飽きないというか、まだやってんの、まだやってますっという感じなんです。 『ソラリーマン』はもともと東京を中心に撮っていたんですけど、日本のいろいろな地方に遠征していまも撮影していますし、お父さんと娘さんを一緒に撮影したりもしています。『スクールガール・コンプレックス』も、僕が当時は触れられなかったり、話しかけることすら出来なかった女の子との関係性から、女の子同士の関係性を俯瞰的に見るというように発展していってます。今年の夏には映画として公開もされるんです。
僕の場合は、常に展覧会がベースですね。初期の頃はずっと常駐しながら直接意見を聞いたり、感想をノートに書いてもらったり、いろいろな反応を聞けましたけどね。最近はそういった時間がなかなか作れないんですけど、ツイッターやフェイスブックなど、ネット上のリアクションがあったり、展示した作品と対峙しながら自分が思い考えることもありますので、そうやって作品を深めていくことを大切にしています。
(2013年6月 和田画廊にて)
青山裕企ポートフォリオ
青山裕企オリジナルプリントは和田画廊にて購入できます。和田画廊ウェブサイト