ダシュウッド・ブックスで働くこと (その一)

Dashwood Books #1

今回は私が現在働いているニューヨークの写真専門店、ダシュウッド・ブックスについてお話ししたいと思います。

ダシュウッド・ブックスは2005年9月にニューヨークでショッピング・エリアとして最も人気がある、ソホーのすこし北側にある、ボンド・ストリートに設立されました。ボンド・ストリートは、ソホーの喧噪からは少し離れていて、個人経営のこだわりのお店が建ち並び、道路は、まるでヨーロッパの路地のように、石畳で出来ています。また、スマイルズやピールズといったおしゃれなカフェや、オークやローガンといったブッティックもあり、流行に敏感なファショニスタが集う地区です。お店の前には、東京の青山にある、プラダ の建物を設計したことでも有名な建築家、ヘルツォーク・ド・ムーロンが手がけたマンンションが建っています。そこは、俳優のジョージ・クルーニや写真家のマリオ・テスティノが住んでいる高級マンンションで、日本でも放映されているアメリカのドラマ「ゴシップ・ガール」の撮影にもよく使われています。

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そのような華やかな場所がらのためか、映画やテレビの有名人が当店へ立ち寄ることが度々あります。例えば、レディー・ガガ、リアナ、ジョディ・フォスター、ソフィア・コッポラ、ジェニファー・アニストン、クロエ・セヴィニー、サーソン・ムーア、ブルック・シールズ、ニック・ローデス (デュラン・デュラン)など、数え出したら切りが無いほどです。レディー・ガガは、テレビで観る通りとても、派手な格好でした。(黒いビスティエの上に、イブ・サンローランのジャケットをはおり、足のラインがくっきりあらわれる、強い光沢のスパッツを穿いていました)ほんの2、3ことしか言葉を交わしませんでしたが、丁寧で、偉ぶったところが微塵もなく、エレガントな雰囲気に溢れた素敵なひとであったことを覚えています。

有名人はさておき、ダシュウッド・ブックスのクライアントは、3つのタイプ(1ファション業界/映画業界、2写真家やアーティスト、3純粋なコレクター)に大きく分けられるように思います。

ファション業界/映画業界のクライアントさんは、これだけ、インターネッ上に多くのイメージが散乱しているのにも拘らず、写真集からのイメージからインスピレーションを得ることが大事であり、とても必要であると、いつも語ってくれます。きっと、2次元で、ピンポイント的に、情報として写真を見るのではなく、本の、印画紙の、質や重量を肌で感じ、前後の他のイメージを含め、探し求めていた雰囲気の写真を全体的に、もっと言えば、全5感(はたまた、6感さえも)をフルに使いながら、感動する体験を求めているのではないかなと思います。プロフェッショナルなクリエーターから、創造的であることは、無機質な情報の寄せ集めを間に合わせで作るのではなく、自分の感性の震える体験を芯に持ちつづけようとする態度を見て取れます。

写真家やアーティストからは、物を観ようとする貪欲な態度をもち、観ることで学ぼうとする作家としての真摯な姿勢を感じます。頭で得る知識も、もちろん大切だと思いますが、まず、この上ないほど真剣にいろんな作品を目で実際にみることで、写真を、アート作品を愛でることが、鍛え上げられるのだと学びました。

写真集愛好家や、コレクターの方とお話ししていると、写真集を所有する傾向から、その人の人柄をかいま見ることがあります。それは、よく行くレストランや、好んで選ぶ洋服の種類からも推測されることかもしれませんが、どういう時代の(20世紀初頭、20世紀半ばから後期、現代)、どういう被写体(建物、風景、人物)で、どういったテーマ(ヌード、報道写真、ファッション、ストリート・フォト、アート、コンセプチャル、ポートレイト)の、どこの国の作品(日本、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、アジア)を好むかという態度は、いつ来店されても一貫していて、大きく変化することがまずないことを鑑みると、まるで、自分自身であることを確認するかのように、または、自分自身であり得ることを、保持するために、写真集を収集されているのかなと思うことがあります。批判の意味では全くなく、写真集に限らず、日々、私たちは、何かを選択することに迫られているのであるのだから、それは、とても自然なことであると思います。また、自己の一つのありかたとして、積極的に、また真剣に、それぞれのこだわりの写真集を求めるという態度は、本能に忠実に生きている証拠でもあると思います。

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他の本屋さんと、ダシュウッド・ブックスの一番の違いは、接客におけるコミュニュケーションだと考えています。ピン・ポイントで本を、探しているお客さんは別ですが、まず、求めているタイプの本を一緒に探し、作品について議論を交わし、求めるに至った経緯を伝えられたりと、交わす話題は尽きることがありません。そして、この部分が、私がこの仕事をしている中で、一番楽しんでいることでもあります。先日、ニューヨークの最も力がある、ガゴシアン・ギャラリーの作家である、タリン・サイモンの新作 「A living Man Declared Dead and Other Chapters」(MACK, 2011)について、ビジネス・ウィーク紙の写真部門部長のお客さんとお話ししました。彼曰く、「タリン・サイモンの素晴らしいことは、写真の美しさ完成度の高さもさることながら、作品を通じ、社会問題、民族問題、経済問題について、徹底的に訴えかけているところだよね」と話してくれてました。当たり前の話ですが、思想を持たない作家の作品は、すぐに消えて行くけれども、作家の問題意識が深淵なほど、多くの人と語り合える力を発揮できるのであるなと思いました。それは、サイモン氏をはじめ、全ての偉大な写真家や、アーティストは目的意識を極め、全身全霊の力をふりそそぎ、作品を制作されているのであって、そういった作品をあつかう機会に恵まれている自分の立場を顧みると、身が引き締まる思いがします。

次に、私の上司デビット・ストラテルについてお話ししたいと思います。デビットは、この本屋を始める前は、報道写真のエージェンシーである、マグナム・フォト、ニューヨーク支部に文化部長として13年間勤務していました、また、それ以前は、ファッション・フォトグラファーのマリオ・ソレンティ、マリオ・テスティノ、パメラ・ハンソンのアシスタントを勤めた経験があります。わたしが、デビットの事を尊敬する一番の要素は、はっきりとした仕事へのビジョンをもっていて、それを固持する姿勢です。ビジョンとは、自分が認める写真集だけを扱い、他人の意見にふりまわされず、自分で見て感じた事を信じるということです。それは、営利主義に陥らず、本当に自分が良いと思い、情熱を感じる作品しか扱わないことでもあります。その動機は「自分のいいと思う写真集しか、お客さんに心をこめて勧められないから」と至ってシンプルでなのですが、私からみると、デビット自身が、アーティストであり、純粋に作品を慈しむ心を持っているからだと思います。

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いまの時代、速さ、効率の良さ、便利さが、全てで、もちろんそれは、業務上大切なことであり、ダシュウッド・ブックスも迅速に業務に対応する柔軟さを持っていますが、写真集という時代に逆行したアナログな商品を扱うことにおいて、丁寧さ、真摯さ、細かい心配りといった、デジタルなものではできない生の部分の感性が大事なのではないのかなと、上司といままで5年以上一緒に働いて痛感しています。デビットのような上司を得ることに恵まれ、様々な分野で一流のお仕事をしているクリエーターと話しができ、また、純粋に写真を愛するコレクターの方と接することの出来る仕事を持て、自分は本当に恵まれていると思います。日々学ぶことに尽きず、まだまだ、自分の能力について改善したいところ、伸ばしていくべきところがありますが、まず、自分の恵まれた環境を感謝する気持ちだけはどんな時も忘れないでいこうと思っています。

次回は、ダシュウッドブックスの業務の柱を成す、出版業についてお話をしたいと思います。

Dashwood Books
33 Bond Street
New York, NY 10012
(212) 387-8520
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