伊藤裕之・インタビュー フリーカメラマン

Hiroyuki Ito Interview

ニューヨークで一番影響力のある、メディアは、ニューヨーク・タイムズです。 正確で、綿密なリポートで、地元、国内の経済、政治、文化の報道はもとより、海外の情報を提供してくれる報道機関として、民間から、絶大な信頼を寄せられています。その、卓越したジャーナリズムは、記者の能力に寄与されますが、各記事に添えられる報道写真は、紙面をより魅力的に見せるだけでなく、事実の信憑性を裏付ける大切な要素です。

ダシュウッド・ブックスのクライアントには、ニューヨーク・タイムズ紙の写真部門のディレクター、キャッシー・ライアン氏を初め、同紙の記者が、資料探しの為に来店されます。キャッシーのアシスタントのステイシー・ベーカーさんは、多くの写真家から、メールでポートフォリオを受け取り、日夜作品のレビューをしているとのことです。また、おもしろい作品を撮る写真家がいたら、是非紹介してほしいと依頼されることもあります。より良い紙面を作ることに、彼らが、貪欲に作品を求め、作品を提供してくれる写真家に絶大な信頼を寄せていることが伝わります。

そして、写真家にとっても、同紙に作品を載せることは、一つの道標であり、ステータスにあたります。今回は、13年間にわたって、文化部門、特に音楽関連の記事を担当する伊藤裕之さんに、お話を伺いました。国籍を問わず、ニューヨークに滞在する多くの写真家にとり、登竜門と考えられている紙面に写真を提供することが出来ている、その成功の秘訣を探り出せたらと思います。また、写真家としての今後の抱負も伺いたいと思います。

—どのような、経緯を経てニューヨーク・タイムズ紙から、お仕事を受けるようになったのですか?

私は、92年に大学留学を目標に渡米し、ニューヨーク大学で、写真を専攻しました。大学の最終学年から、ビレッジ・ボイス、また、卒業後には、ニューヨーク・マガジン(両誌とも週刊タウン誌、前者は無料で後者は有料で配給される文化面の記載に定評がある)に写真を寄稿していました。ある程度の仕事を両誌でこなした後、ポートフォリオをまとめてニューヨーク・タイムズ社にインタビューに行きました。先方が、求めていたのは、写真の質はもとより、今までどのような仕事をこなしてきたかの確認であったと思います。その内容が、十分であったと理解された為、大学卒業した後の2年後には、同紙から、仕事を与えられるようになりました。

—当初から文化面を担当されていたのですか?

いえ、その頃は依頼される仕事は、何でもこなしていました。政治、経済、ファッション関係の仕事もしていた。しかし、どうしても、規則的に日々を過ごし、自分の写真を撮る時間を設けることをしたかったので、突発的に発生する記事を扱うような仕事を避けるようになりました。音楽関係の仕事は、夜に設定されることが大半なので、意識的にそちらの仕事に移行するようになりました。

—規則的な生活といわれますと、どのように一日を過ごされているのですか?

僕は、早くて4時、遅くても5時には起床します。そして、前の晩に撮影した写真を、締め切りに合わせ編集部に送信したり、その他仕事の事務処理の為に,
午前中の時間を過ごします。仕事が一段落してから、軽く朝ご飯を食べ、10時頃にクイーンズの自宅を出ます。週に3回はダウン・タウンのある、ニューヨーク大学専用のプールに泳ぎに行きます。また、週2回は、チェルシーの暗室へ向かいます。それから、夜に、カーネギー・ホールなどで、撮影の仕事がある時間まで、自身の写真を撮る為にあてています。週末の朝は、友達と過ごす事が多いです。

—どのような写真を個人のプロジェクトとして撮影されているのですか?

アメリカの大学の写真学部の特徴かもしれませんが、在学中は、技術的なことより、作家としての姿勢や、作品を裏付ける、アイデアの重要性を強く叩き込まれました。つまり、撮影をする際には、まず、明らかなコンセプトや、プロジェクトを立てるべきだと学んだのです。

ただ、どうしても、そのようなスタイルで作品を制作していくことに、感覚的に疑問を抱き、一度全部捨てることにしました。僕にとって、写真を撮ることは、生きることと同義で、それは、息をするとか、ご飯を食べるとかと同じスタンスで、考えています。また、写真を撮ることは、生きることを楽しんでいることと同じで、とても、楽しいことなのです。楽しくなかったら、やっていません。

僕自身の作品は一言でいうと、ストリート・フォトグラフィーです。今日は3機持参していますが、町中を徘徊し、興味を引くものに出会ったら、何でも撮っています。


—11月10日の土曜日に、ニューヨーク・タイムズのブログのセクションで、 15点にも及ぶ 伊藤さんの作品がインタビューと共に、掲載されました。


http://lens.blogs.nytimes.com/2012/11/10/pumping-up-the-visual-volume/

これは、タイムズのメトロ・セクションの編集者としても活躍され、フォト・ジャーナリストの、デービット・ゴンザレス氏の記事でしたが、伊藤さん自身、今年の初めに、日本に帰省された際に感じた自身の経験を“Lost and alone under Tokyo’s red rain”と題するタイトルのもと、20枚に及ぶ作品と共に文章を寄せられました。

http://lens.blogs.nytimes.com/2012/01/17/red-rain-and-loss-in-tokyo/

作品もさることながら、伊藤さんのこの文章は、幻想的で、美しいと思います。

—ありがとうございます。文章を書くことはもともと好きなのです。また、作品の為ではなく美術に関する本を読むことも好きです。難しい批評や、作家の自伝ではなく、作品自体に興味があるので、なるべく、イメージが多く載っている本を愛読しています。また、小説を読むのも好きで、夏目漱石の「夢十夜」や、宮沢賢治が著した、動物が主人公の童謡も好きな作品の一つです。

僕の作品は、ドキュメンタリーとファイン・アートの中庸に位置するものだと思うので、作品の為に意識して本を読んではいませんが、空想的な物語に引かれ、また、間接的に、作品にも影響しているかもしれませんね。

—どのような作家を目指されていますか?

僕の好きな作家は、森山大道氏とリー・フリードランダーです。彼らの作品が好きなのはもちろんですが、作家としての姿勢に、共感を覚えます。森山氏もフリードランダーも、 40年以上前の、20代30代に制作した作品は特に名高く、 大御所と呼ばれ、 歴史的認知も高い作家ですが、未だに、精力的に作品を撮っています。その、作家としての写真に対する情熱の深さに敬意を持っています。反対に、過去の栄光ばかり、輝かしく、写真を撮ることを止めてしまった作家はとても残念だと思います。僕は、森山氏や、フリードランダーのような作家人生をおくりたいです。

また、先ほどもお話ししましたが、僕は意識的にコンセプトをまず立てて作品を制作することはありません。また、今の写真の動向を意識して、自分の作品を撮ったり、他人の評価を気にするもありません。人の価値は様々であり、状況によって変容するものです。周りがどう僕の作品を観ようと、それに振り乱されず、自分の作品を極めていこうと思っています。そして、これも重複しますが、僕にとって写真を撮ることはとても楽しいことです。その、気持ちをこれからも純粋に保っていきたいと思います。
あと、最近、人とのつながりの大切さを心から感じています。実は、僕は、92年に渡米してから、19年間日本に帰省しなかったのですがそれは、単にニューヨークに愛すべき、大切な友人が沢山いるからです。そういう友人達に囲まれた生活は、楽しく、とても早くすぎてしまいました。でも、昨年と今年帰省した際に、日本での友達も出来ました。その友達とつながる為に、またこれから日本に帰りたいし、日本での作品も制作したいと感じました。結局、そこに大事な人がいて、その人も僕のことを大事にしてくれるから、生きていけて、写真をやっているのだなと、思いました。だから、これからも、人とのつながりを、感謝する気持ちを忘れずに、写真をとることをしていこうと思います。

—展示会の予定がありましたらどうか教えてください。

実は、今年の日本に帰省した際に、PLACE Mの瀬戸正人氏に面会し、来年の夏1週間、個展を開催することが決まりました。展示では、ニューヨークで制作した、ストリート・フォトと、日本に帰省した際に撮影した、家族の作品を対象的に発表しようと思います。フェイス・ブック等を通じ、日時が近づきましたら詳細をご案内いたしますので、どうかご来場ください。

http://www.placem.com

http://www.facebook.com/hiroitophoto?fref=ts

インタビューを終えてまず感じたのは、伊藤さんの人生、写真に対するポジティブな姿勢でした。それは、無理矢理取ってつけて、強制した仮の姿ではなく、おそらく、いままで、いろいろな経験を経て試行錯誤した後に、ある潔い決断の後に日々築いていった生きる姿勢だと感じました。また、ポジティブであり、シンプルな思想を持続する為には、確固とした決断を必要とすると思います。真摯で、力強いパワーを感じました。今後の作家としての伊藤さんの更なる活躍が期待されます。

(写真はクリックすると拡大表示されます。)

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