アレック・ソス、「ブロークン・マニュアル」展、シーン・ケリーギャラリー

Alec Soth Interview

今、ニューヨークの写真を扱ったギャラリー中で、一番注目を浴びている展示会は、シーン・ケリーギャラリーで開催されたアレック・ソス(b1969、ミネアポリス、ミネソタ州出身)による「ブロークン・マニュアル」展です。

IMG_0919.JPG

アレック・ソスは、ヨーロッパはもとより、アメリカでもライアン・マッギンリーと肩を並べるほど評価の高い作家ですが、日本ではあまり知られていないようです。日本語を使いウエブで検索しても、ソスについての情報は少なく、写真の知識の豊富なダシュウッド・ブックスに来店される日本からのお客様からも、あまり話を聞く事はありません。そこで、始めに、彼の作品と経歴について簡単にお話ししたいと思います。

ソスは、2008年にマグネムの正規のメンバーとして承認され、04年には、ホイットニー、サンパウロ・バイアニアルに選出された国際的に、高い評価を受けているドキュメンタリーの写真家です。
また、作家としての活動と並行して、ニューヨー・タイムズや、フォーチュン、ニューズ・ウィーク 等の新聞や雑誌で、エディトリアルの仕事を精力的にこなしています。これまで参加した主なグループ展としては、 パリの ジュ・ド・ポーム国立ギャラリーとスイスの ヴィンタートゥール写真美術館での展示会 (2008年)などがあります。
また、ソス自身の生地である、ミネアポリスの ウォーカー・アート・センターで行われた個展(2010年)は、多くのメディアで取り上げられ、ソスの名を不動のものにしました。2004年に出版された、ドイツのステイドル社から発刊された、初の写真集‘Sleeping by the Mississippi,’ は、アマゾンやabeboooks.com では、30万円で取引され、元値の約50倍の高値が8年後の現在つけられています。

実は、今回の展示会のタイトルである“ブロークン・マニュアル”という作品は、2010年に、同じくスタイドル社から発刊されたソスの6冊目にあたる写真集が元となっていますが、ダシュウッド・ブックスで、発刊当初、100冊オーダーを入れたところ、 出版社から20冊しか入手できず、3日で完売してしまうほど大人気でした。(ウエブサイトで売ると混乱が起こるので、地元のニューヨークのコレクターの方々に、こちらから直接連絡して販売しました。もし、サイトで販売していたなら、数時間内に完売していたでしょう)。

ソスの作風は、ライアンとは正反対で、妖精のように美しい裸体の少年少女や、ファンタジーに溢れた明るい色彩は作品に現れません。アメリカのこの上ないほどありふれた片田舎の風景や、そこで生活している人々のポートレイトが中心となります。 (それは、ソスが、社会の中でマイノリティーと考えられている人々のポートレイトを撮るダイアン・アーバスの作品を敬愛していると自身のサイトで公言しているように、アーバスからの影響が多大にあるようです)。
度肝を抜く事件も、戦争の惨状も、ソスは自分の作品のテーマとはしません。ソスの作品の鮮度は、明るい蛍光色などもちろん皆無で、 不気味なぐらい味気ないかなり暗いトーンで一貫しています。私は、ソスの作品を、同じマグナム出身のマーティン・パーと比較して、作品紹介をダシュウッド・ブックスで行ったことがあります。それは、パーがどぎつい原色で作品を撮っているのに、ソスは、その反対の色彩で作品を制作していながら、両者とも、共通して、現代の消費社会を批判をしているように見受けられたからです。例えばパーは、色彩の強さと、簡略化された構図を通し、直截的に被写体を撮影し、資本主義社会が生み出した過剰生産を猛烈に風刺、揶揄しているのに対して、ソスは、曖昧な色彩を使い、被写体への距離感を保つ事で、日常の反復と連続から来る倦怠と惰性の中で、死んだような目をして思考を止めた現代人の姿を、締念をこめて静観し、文明社会批判しているように思ったのです。

ダシュウッドに勤めはじめた当時は、ソスの誇張のない、内向的な作品を実は物足りなく思い、なぜ多くのコレクターの方が買い求めたり、今や世界でもっとも成功しているギャラリー、ガゴシアンでなぜ個展が開かれるのか(2009年)理由がわかりませんでした。
しかし、2010年にブロークン・マニュアルの写真集を観た時に初めて、作風の中に一貫して観られる、静謐だけれども、真摯で揺るぐことの無い作家の姿勢を感じ、ソスの作品の魅力をわかったような気がしました。

また、ソスの作品は、アメリカの写真史においても、現代を代表するドキュメンタリー作家として貴重な位置を占めているように思います。
今の写真がメディアに占める作風は、フェイスブック、インターネットの波及から、日常の出来事を瞬時に記録する、スナップショットもしくは、若い世代の、多くのアートスクール出身の作家が制作する、幾何学的で、抽象的な作品(サム・ホール Sam Falls、エラード・ラスリー Elad Lassry、ワリード・ベヒュティー Walead Beshty )や、ジェフ・ウォール Jeff Wallやタリン・サイモン Taryn Simonの作品のように、コンセプトが主体の現代美術としての写真が多いなか、ソスのように社会派の作品に固執している作家は少ないと思います。しかし、70年代後半から、80年代に主流であった、ドキュメンタリー写真の伝統(ジョエル・ステインフェルド Joel Sternfeldの‘アメリカン・プロスペクト’や、ステファン・ショア Stephen Shoreの‘アンコモン・プレイシス’) を現代に引き継ぐ作家として評価されるべきでしょう。

ただ、ジョエル・ステインフェルドや、ステファン・ショアと違う点は、インターネットを使って自身のブログで、自身の活動報告はもとより、他の現代作家の紹介をしたり、リトルブラウンマッシュルームという自身の出版社を設立して、自分の作品や、新人の作品(アヌーク・クルソフ Anouk Kruithof)や、同じマグナムの作家( トレント・パーク Trent Parke )の作品を制作販売しているところです。このインターネットを通じて、より多くの、若い世代の写真家や、ブック・コレクター、写真愛好家に繋がっていることは、注目に値することだと思います。
実際、年度末に、ソスが、ブログ上で、自身の気に入った写真を紹介すると、リストに忠実にそった写真集を買い求めようとするコレクターからの問い合わせが殺到します。ソスの影響力の強さに感心するとともに、自身の活動に、自信と責任をもち、公の場で積極的に活動しているソスに、多くの人が共感し、賛同をしている結果であると言えるでしょう。


2月2日に開催された、レセプションは小雨が降る悪天候にも拘らず、想像以上に込み合っており、改めてソスの人気を再確認しました。キューレーターやディーラーと忙しく談笑している合間に、ファンから、写真集のサインを求められ、笑顔で対応している姿に好感を持ちました。本展示会の‘ブロークン・マニュアル’は、現代アメリカの資本主義社会の枠組みから、逃亡した人(修道僧、隠遁者、家出人)の生活を、2006年から、2010年まで、4年間に渡り追った作品です。展示会会場には、隠遁者の無防備な表情のポートレイトや、生活する場所である、山奥の風景や洞の写真とともに、ソスの制作を追った、ドキュメンタリー映画 ( ‘Somewhere to Disappear ‘)も上映されていました。

IMG_0903.JPG
IMG_0908.JPGIMG_0918.JPG



多忙なスケジュールの中、奔走するアレックに、インタビューを行いました。

ーアレック、今回のニューヨークでの「ブロークン・マニュアル」展の開催おめでとうございます。レセプション・パーティーは、本当に多くの人が駆けつけ、大変な賑わいでした。ニューヨークで展示会をやることは、他のアメリカや、ヨーロッパの都市と何か違いはありますか?

A.S.: ニューヨーみたいな大都会ではなく、小さなまちから来た者として、ニューヨークの写真関係者や、美術関係者に、自分の作品がどのように受け取られるかは、やはりとても気になるし、ちょっと緊張します。ニューヨークでの展示会は、2009年のガゴシアン・ギャラリーの展示会以後なので、3年程時間が経っている訳で、今回の展示を通して自分の作品がどのように批評されるか、とても楽しみにしています。

—今回は、現代社会から身を引き、隠遁生活をしている逃亡者の生活を主題にしていますが、彼らとのコミュニケーションは、どのように取ったのでしょうか?

A.S.: 当初、逃亡者のポートレイトは全く撮らず、風景ばかり撮っていました。人里離れた、森の中に自分の身を置くことが、何よりもこのプロジェクトを進める上で大事だと思ったからです。だから、人を撮ることがなかったので、簡単すぎるくらい事が進んでいきました。でも、このプロジェクトを通して、現代人が、社会からの隔離をなぜ切実に望んでいるか、どうしたら、実際逃避できるかを、(手引書/マニュアルとして)追求したいと思いました。だから、作品の中に人物を入れる必然性を強く感じました。
森の中に住む隠遁者を探すことは、結構簡単ではありませんでしたが、彼らから承認を受けることは、実はとても簡単にいきました。今作品が、ブロークン・マニュアル((逃亡への)不完全な手引書)と名付けられているのは、逃亡や隠遁など、出来っこないっていう、メッセージを伝えたかったのです。人はどうしても、他の人を必要とする生き物です。人は、他の人との繋がりなしには、生きられません。実際、僕が出会った逃亡者は、社会との交流を切望していました。

ーこのコラムを読んでくれている多くの写真家は、どのようにして、自分の作品を扱ってくれるギャラリーを探すべきか、悩んでいると思うのですが、アレックは、どういう点に気をつけてギャラリーを選んだのですか?

A.S.: 僕みたいに、若手でもなくだからといって、大御所という訳でない作家が これまで、多くの美術館や画廊で展示会を催してきたことや、写真集を発刊していることは、とても恵まれていることだと思っています。ギャラリー選びは、ギャラリー側が、自分の作品にどれだけ敬意を持ち、尊重してくれるかが、ポイントとなりました。そして、自分が彼らの仕事に敬意を持てるかも大切だと思います。

ー大学での講演会や、自身の出版社と立ち上げ、ニューヨーク・タイムズに作品を提供したり、また、自身のブログを通して、他の作家の作品を紹介したりと、多岐において活動をされていますね。 一昔前のマグナムの作家では考えつかないような、制作活動をしていますが、それについてどのように考えていますか?

A.S.: 写真の素晴らしい点は、いろいろな媒体に取り入れられやすということです。新聞でも、携帯電話を使っても、本としても、ギャラリーに飾る作品としても、写真は機能することが出来ます。そのように、多岐に表現可能な写真の、作品としての可能性を追求していきたいと考えています。でも、僕が一番好きなのは、自身の出版社、Little Brown Mashroom 社を通して本作りをすることなのです。なぜかっていうと、本という媒体を通して、より多くの人に作品を知ってもらうことが可能であるし、プリントを購入するより格段に安いしね。

—最後に日本の写真家の皆さんに、どうしたら、作家として活躍できるかをアドバイスしていただけますか?

A.S.: どうやったら、有名になれるかとか、展示会をやれるかとか、批評家に認められるかとかということに、重点を置くのではなく、あくまで自分の作品の制作を真剣に取り組むことが大事だと思います。作品がまったく出来ていないのに、多くの若手の作家は、作品のプロモーション(宣伝広告)に奔走しているのは意味がないことだと思います。時間をかけて、意味のある良い作品を作ることが大事だと思います。 人に胸を張ってみせられる作品が出来たと自分で納得して、はじめて、どうやって多くの人に見せていくかを、作戦立てて行くべきだと思います。

IMG_0902.JPG

実は、ダシュウッド・ブックスで3月の中盤に、アレック・ソスのサイン会を企画しています。サイン会の本の内容については、現時点で詳細はお知らせできませんが、ダシュウッド・ブックスのフェイスブック、サイトにて後お伝えいたします。どうか、楽しみにしていて下さい。


アレック・ソスのウエブ・サイト:
http://littlebrownmushroom.wordpress.com/


シーン・ケリー・ギャラリーのウエブ・サイト:
http://www.skny.com/
営業時間:11時〜18時 (火曜―金曜日)10時〜18時(土曜日)

アレック・ソス、「ブロークン・マニュアル」展、シーン・ケリーギャラリー
2012年、2月3日−3月11日


ダシュウッド・ブックスのウエブ・サイトとフェイス・ブックスのページ:

http://www.dashwoodbooks.com/
http://www.facebook.com/pages/Dashwood-Books/348283044175


ダシュウッド・ブックスへ, 日本語でのお問い合わせは須々田まで, メールにてご連絡下さい。

msusuda@dashwoodbooks.com