ダシュウッド・ブックスで働くこと (その二/出版業)

Dashwood Books #2

今回は、ダシュウッド・ブックスの業務の中核をなす、出版業についてお話ししたいと思います。 ダシュウッド・ブックスの目録は、オーナーのデビット・ストラテルの確固とした意志に貫かれた独特なコレクションであることは、前回お伝えしましたが、ダシュウッド・ブックスの出版物も、その側面を多いに反映しています。

著名な作家の作品を用い、ある程度のデザインや編集を施し、印刷、製本することはある意味、どの出版社にも出来る作業であり、そこには出版社としての拘りはなく、その作家の作品の真価が見出されることは、ほとんどの場合ありません。多くの出版社が、本に対する、また、写真を愛でる力の欠如から、機械的に作品集を制作している、 例えて言うなら、まるで、有名な俳優を起用したことに甘んじ、制作日数や予算を節約して、商業的に効率のよい作品を大量生産する、現代のハリウッド映画と同じかも知れません。そんな、写真出版業界の惨状をデビットは心苦しく感じていました。

ウイリアム・クラインの”New York / Life is Good & Good for you in New York”(写真1)や、リチャード・アベドンの “Observation”(写真2)はともに、50年代後半に制作され、コレクターや、専門家に高い評価を受けている写真集です。これらの作品が傑作だと認められている理由は、クラインやアベドンが有名な写真家だからではなく、写真を最高のかたちで提示すべく、製本、編集、印刷、デザインにかかわった全ての専門家が、苦心をした結果出来上がった写真集だからではないでしょうか。それは現代の優れたレンズやカメラ、高精度の印刷技術も太刀打ちできません。なぜなら、写真集は、情報のかき集めのカタログではなく、美術作品であり、各過程において、要となるのは、経験に裏打ちされた、感性と知性 、作品に対する誠意と敬意だからです。そして、出版者は、全制作行程を指揮する責任者であるべきだと思います。

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写真1
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写真2

今年に入り、ダシュウッド・ブックスは写真集を10冊発刊しました。制作過程を顧みて、一番、心に残っているの は、ジャック・ウエブの“Jack Webb Suspects His Parents”という 作品です(写真3)。作家のジャックと、印刷担当のスーザン(印刷所の部長:Working Dog Press,米国・マサチューセッツ)と、デビットの間で、印刷の色の濃淡、紙の選択、装幀について、感情をむき出しにして(日本人の私にはありえないほど激しく)、連日それぞれ主張を伝え合っていました。全員が納得いくまで、何度、フェデックスの翌日配送を使い、実際に色の具合や本の製本を確認しあったことか……。誰一人として、 感情に流されず、完成度を極めるために何が正しいのかを、徹底的に討論し、いかなる労力を惜しまぬ様子を目の当たりにしました。穏便派の私は、何を正しいかを問うより、今後の関係がこじれることを恐れ、デビットのように、物事を進めるのは,到底できません。しかし、紆余迂曲の末に培われた、お互いの信頼感の強さ、親密度の深さを制作関係者との間に築く過程を見てとり、邪な心なしに作品の為に、意志を貫くひとが、本当の意味でのプロフェッナルであり得るのだなと思いました。

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写真3

ダシュウッド・ブックスの記念すべき第一作の写真集は、アリ・マルコポロラスの“The Chance is Higher”(2008年)でした(写真4)。発刊当初に日本の エスクァイア誌の小谷編集者が、大々的に紹介してくれた為に、ダシュウッド・ブックスの名前は、日本の写真愛好家に広く知られることになりました。 また、11月8日に、ニューヨーク・タイムズ紙のオンライン部門で 今月に発刊された7冊の写真集について紹介されました。(http://tmagazine.blogs.nytimes.com/2011/11/08/photo-ops/?ref=culture)

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写真4

そして、月末には、ニューヨーク・タイムズ紙面においても、ダシュウッド・ブックスの出版物の記事が掲載される予定です。作品を出版した後に、見識が高い編集者や批評家、キューレータの目にどう映るかは、どの出版社も作家も固唾を呑むところであり、ダシュウッド・ブックスもその例にもれませんが、それでもデビットは、世論の是非によって、写真集を制作することはこれからもないでしょう。自身の主観性を常に貫くことが、社会的認知を勝ち得る唯一の方法であると信じているからです。

ダシュウッド・ブックスの出版物につては、以下のサイトにてご参照下さい。

http://www.dashwoodbooks.com/index.cfm?search=Dashwood%20Books

http://www.facebook.com/pages/Dashwood-Books/348283044175?ref=ts


また、日本語でのご連絡、ご質問は、須々田まで、メールにてよろしくお願いします。

msusuda@dashwoodbooks.com