「東京画」を語る
太田菜穂子インタビュー
F: 太田さんはみずから「写真は私の人生のパートナー」とおっしゃるほど写真に対する並々ならぬ熱意をもっていらっしゃいますね。
ギャラリストという立場をこえて、「Forest among us」「 東京画」 などのプロジェ クトを次々と推進することを通じて世界的な視座の中で写真家をインスパイアーする、という試みを着々と進めていらっしゃいます。
いったいどのようなきっかけから写真に注目されるようになったのでしょうか?
O: 写真との最初の出会いは学生時代でした。元々美術史を学んでいたこともあり、 私の中は絵画の歴史と写真表現を連結して捉える素地があることは事実です。
とりわけ心惹かれた絵画はイタリアのフラ・アンジェリコ、ドイツのルーカス・クラナッハ、そしてイギリスのラファエロ前派の画家たちでした。 これらの作品の研究と平行し、1970年代後半に留学していたイギリスの黎明期の写真に接する機会を持ちました。 絵画に比べ、光学機械の機能とそれを扱う人間の意思とのコラボレーションによって成立する写真表現、その現実世界と向き合う時点で読みとれる時間のリアルな痕跡に圧倒されました。
その後、写真に深い興味を持ち、「写真新世紀」の立ち上げに関わることになり、 11年にわたり年間プロジェクトの立案や審査員コーディネート等、コアな立ち位置でその運営に携わりました。 その間、国内外の一流の写真家たちがどのように写真と接し、評価するのかを直近で見る機会を得ました。
とりわけ、ロバート・フランクさんとフランス国立図書館の写真&版画部門の名誉キュー レーターのジャン=クロード・ルマニーさんとの出会いはそれまでの写真観を払拭して余りあるものでした。
世界と写真で向き合うことが自身の生き方そのものであるフランクの決意、世界に存在する様々なものの価値を受けとめた上で、写真として撮られることの意味を問うルマニーの姿勢、彼らの写真への絶対的な信頼がGALLERY 21のスタートに繋がり、現在に至っています。
F: すばらしいというかすごい環境だったのですね。
ロバート・フランクはいまや歴史上の写真家ですし、まだその全容がきちんと語られていないのではないでしょうか。 ジャン=クロード・ルマニーのことは日本ではあまり知られていないと思いますが、ポートフォリオレビューの元祖的な人物ですね。アルル写真の出会いフェスティバルの逗留先のホテルのロビーで誰の写真でも見てあげていたという伝説的な人物です。そしてその場で気に入った写真があれば国立図書館の収蔵品にする。日本から植田正治、奈良原一高、寺山修司、梶原高男(元日本カメラ編集長)が参加した際に、植田正治もルマニーにみてもらうために他の写真家達の列に並んで国立図書館に収蔵された、というエピソードも残っていますね。
太田さんは海外の写真界との交流も豊富だと思います。昨年から始められたニューヨークのス・レトワール・ギャラリー(SOUS LES ETOILES)とのコラボレーション企画も日本の写真界にとっては画期的な企画なのではないでしょうか。
どんなきっかけからコラボ企画が実現したのでしょうか。
O: 写真家が世界で活躍するには、世界各地のギャラリーや関係機関との連携は不可欠です。ギャラリー活動の周辺で出会う才能ある作家たちを世界マーケットに紹介するにあたり、美術館への収蔵やメディアへのアプローチ、アートフェアへの参加など、アクセス方法はさまざまですが、作品の価値を共有できるギャラリーとの協調関係は非常に重要だと思っています。
ヨーロッパ系のギャラリーはやはり自国の作家を応援する傾向が強いのですが、アメリカは多人種国家であることもあり、国籍を問うこと無く日本人の作家にも門戸を開いてくれるケースが多いと思います。
ス・レトワールとはディレクターがフランス人でもあり、共通の友人も多かったこともあり、定期的に連絡を取り合っていたのですが、一昨年にお互いにそれぞれの契約作家を交換し、企画展を開催しました。無名の作家は、その都市で信頼を得ているギャラリーで作品を発表しない限り、作品が結局認知されないままの展覧会になってしまうのではないでしょうか。その意味でも、共通認識で動ける海外のパートナーの存在は重要です。
2010年の菅原一剛さんの湿板作品の個展「Bright Forest」、2011年の広川泰士さんなどが参加したグループ展「BREEZELESS」など、「The Wall Street Journal」のアート記者の目にとまり、記事となるなど、徐々にではありますが日本の写真の質への関心が高まっています。
F: ス・レトワールのディレクター、コリーヌ・タピアさんも精力的に世界をとびまわっておられますね。The Center for Fine Art Photographyとのコラボレーションの計画もあるようです。
日本の写真家にとってニューヨークとの距離がぐっと近く感じるようになるすばらしい企画だと思います。
現在太田さんが精力的にとりかかっていらっしゃる「東京画」プロジェクトについて少しお話しいただけますでしょうか。 今、なぜ東京という都市に注目されているのですか?
O: 日本人は自分を中心に据え、それを世界のスタンダードの中で重要な存在として文脈を作ることが元来、苦手な人種だと思います。ただ、ネットコミュニケーションにより、世界がフラットに繋がった21世紀という時代においても相変わらず、従来型の日本的な手法による東京論に終始するようでは、日本の写真のムーブメントは結局ガラパゴスの出来事としてしか認知されなくなってしまいます。
しかし現実には、世界中から多くの写真家たちが東京に注目し、東京を被写体にした作品を発表しているのです。ある意味で、私たち日本人だけが東京という都市の本当の魅力と価値に気づかず、“自分たちの居場所”にまじめに向き合っていないのではないでしょうか?
昨年の大震災と原発の不適切な処理により、日本の安全神話は崩壊し、“美しく、ミステリアスな国”としてのイメージは大きく変わってしまいました。ただ確かなことは、現在のカオスのような状況こそが次の何かが新たに生まれる素地であるという事実です。
写真家たちがこの事実を受け止め、自分たちの居場所である東京の価値を新たな文脈で語り出せるとしたら、今こそがその時、千載一遇のチャンスに向き合っているのです。翻訳や難解な解釈を必要とせず、ダイレクトに視る人の心を射抜く写真の力の下、「東京画」プロジェクトが正しく機能すれば、それは写真の未来のみならず、東京の可能性を社会に指し示す表現による社会革命になるはずです。
「東京画」は現時点で54名の国内外の作家が参加し、この5月にはニューヨーク・フォトフェスティバル(NYPH2012)への参加が正式決定しています。現地ではTIME Lightboxの写真編集者、Myles LITTLEの協力を得て、さらに5名の参加作家がノミネートされ、「東京画 Describing Tokyo Scapes by 100 photographers」の参加作家として追加されます。
その後は今秋には上海、来年はベルリンで同様の企画を実施するべく準備を進めています。世界が注目するようなスケール感のあるプロジェクトに発展させるべく、さらにエネルギーを注いでゆきたいと思っています。
F:「東京画」のプロジェクトはこれまでの日本ではなかった世界的なスケールをもった写真プロジェクトに発展しそうですね。
東京という世界的にも不可思議な魅力を発散する都市にいるという地の利をもっと日本の写真家はいかすべきだと思います。
2010年に行われた「World’s End」のギャラリートーク&スライドショーの際に川田喜久治氏も「今撮るべきものは東京」とはっきりおっしゃっていました。
太田さんの推進する「東京画」の今後の展開を楽しみにしています。
ありがとうございました。
ス・レトワール・ギャラリーで開かれた「BREEZELESS」展展示風景1
ス・レトワール・ギャラリーで開かれた「BREEZELESS」展展示風景2
ス・レトワール・ギャラリーで開かれた「BREEZELESS」展展示風景3
ス・レトワール・ギャラリーで開かれた「BREEZELESS」展展示風景4
ス・レトワール・ギャラリーで開かれた「BREEZELESS」展展示風景5
「The Wall Street Journal」に掲載された記事から (クリックすると拡大表示されます)
ス・エトワール・ギャラリー
太田菜穂子(「TOKYO-GA」コミッショナー)