ERI.Yのヨーロッパ写真見聞録#4

Hiroshi WATANABE Portrait Collection」オープニングパーティat Ad Gallery

Bonjour!フランスに滞在中のEri.Yです。

 一時体調不良だったため、大変遅れてしまったのですが、今回は、スイスにあるAdギャラリーで6月末まで開かれていた渡邉博史さんの個展「HIROSHI
WATANABE Portrait Collection」のオープニングパーティーの様子についてレポートしたいと思います。

 私が渡邉さんと出会ったのは昨年の秋に東京写真学園で行われた、写真家の永田陽一さんとの対談式トークショーでした。「ファインアートフォトグラファーとしての生き方」というタイトルで、実際にアメリカを拠点にファインアートフォトグラファーとして活躍されている渡邉さんが、写真家となったいきさつや作品制作のプロセスについてお話を聞くことができました。私は、渡邉さんが作品を制作する際、その分野についてかなり長い時間をかけて資料を集め、研究をされた上で直接当事者に連絡を取って撮影の依頼をされているということと、常にご自身が疑問や興味を持つ事柄を被写体に選ばれているということに深い感銘を受けました。渡邉さんの作品のなかに北朝鮮のシリーズがあるのですが、その写真集を見たとき、あの北朝鮮で写真を自由に撮ることができるのかとか、実際の撮影はどのようだったのかとか、私の疑問は次々に沸いてもっとお話を伺いたくなりました。
トークショーの後の飲み会に参加した際、東京での住まいがどちらかという話になり、渡邉さんのお家と私の実家が1キロも離れていないことがわかりました。家を近いのをいいことに、どうしてももう一度お話がしたいということをメールでお願いしたところ、快くOKして下さいました。

 もう一度お話をする前に、銀座にあるたけだ美術というギャラリーでそのとき開かれていたヴェニスのポートレートの個展を見ておきたいと思い、見に行きました。
 たまたまギャラリーのオーナーであるたけださんとお話する機会があり、現代美術における写真についてやたけださんが扱っている作品がどんなもので、お客さんがどんな人たちなのか等、いろいろお話させていただきました。話のながれで、私の家が渡邉さんのお家と近いということを言うと、たけださんは、あなたの家はどこなの?とやけに強い語気で聞いてきました。私が町名をいうと丁目と番地を聞かれ、ついにマンションの名前まで伝えると、うそ、おれもそこに住んでるよ、何階?!という意外な話の展開に驚きました。同じマンションの住人ということが判明し、すっかりたけださんと打ち解けてしまった私は、翌週渡邉さんとお会いする場所としてたけだ美術を待ち合わせ場所にするお願いをしました。
翌週、渡邉さんとたけだ美術でお会いすると、フランスへ行くという私に、翌年5月末からスイスで個展をやるかもしれないので、そうなったら現地で会いましょうというお話を頂きました。そしてそれは実現の運びとなり、今回レポートするに至ったわけです。

 フランスからスイスはジュネーヴまでTGV1本で行くことができます。時間も三時間半とそれほど長くなく、隣の席に座っていたペルーはリマから旅行中の女性とおしゃべりしていたらあっという間に着いてしまいました。
ジュネーヴで電車を乗り換えてニヨンという町まで出ました。

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これはスイスの切符です。大きい!そしてデザインがかわいい!

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スイスの電車の車窓から。風景がきれいでした!

ニヨンの駅まで渡邉さんが車で迎えに来てくれ、感動の再会をするはずでしたが、フランス国鉄の遅れと私が慣れずにジュネーヴでおろおろしていたせいで、大幅に遅刻してしまい、結局渡邉さんはギャラリーに戻ることになってしまいました。そしてギャラリーのオーナーであるアレックスに再び迎えに来てもらうという大失態!当日はとても天気がよく暑かったので、渡邉さんもアレックスも外出の後、シャツを替えなければならず、17時のオープニングパーティーぎりぎりの時間になってしまったのです。(渡邉さん、ごめんなさい!)ああ、ここはスイス、時計の国だけあって、時間に本当にルーズなフランスとはだいぶ違うようです。ギャラリーに行く道すがら、アレックスは、スイスという国はフランスと同じ言語をしゃべる人々が住んでいるのに、フランスとは異なる国民性を持っているということ、また、あらゆる交通機関が全く遅れることなく時刻通りに動いているということ、そして、民主主義がきちんと機能している世界で唯一の国であるなど、スイスについての情報を教えてくれました。

写真展会場のAdギャラリーはニヨンから車で15分くらいのGenolierというところにあります。周辺は閑静な住宅街。

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ギャラリーの前のお家。周りはこんな感じのお家がたくさん並ぶ素敵な住宅街でした。ギャラリーはオーナーのアレックス一家が兼住宅としている建物の中にあります。ギャラリーに到着してアレックスの奥さんと少しお話をした後、外観を見るために外へ出ました。

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あ!渡邉さんの作品!と当たり前なのですが、興奮!

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Adギャラリーの外観。シンプルなデザインがまた素敵です!

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そこでようやく渡邉さんと感動の再会!とりあえずセルフ撮りでぱちり!

7ヶ月前に約束したことがこのように果たされたと思うと感慨深いものがありました。
 今回のこの写真展では、渡邉さんのポートレート作品を中心とした展示で、主に4つのテーマからなっています。

一つ目はLOVE POINTというシリーズです。これは、ラブドールという男性の性的欲求を満たすための等身大の女性の人形があるのですが、そのポートレート集です。中には本物の人間の女性のポートレートも混じっていて、人形なのか人間なのか一見しただけではわからないくらいラブドールの出来は精巧なものです。
 二つ目はSUO SARUMAWASHIというシリーズから。猿回しは古くからある歌舞伎や能といったエンターテインメントのうちの一つです。と思いきや、実はもともと被差別部落の伝統芸能だったために、明治維新後は山口県周防の猿回しを残して全国から消滅したそうです。その周防の猿回しも、差別などのため昭和38年を最後に一時途絶えたのだとか。その存在をタブーとされて、過去に行われていたことは公言されなくなったそうです。しかし間もなく日本全国の放浪芸を調査する一環で再び見いだされて昭和52年に「周防猿回しの会」が結成されます。その後テレビで取り上げられ、次第に人気を博すようになり、現在に至っているそうです。渡邉さんはその周防猿回しの会まで出向き、お猿さんの豊かな表情を作品にしています。とても愛らしい猿の姿は現地の方にも大変人気がありました。
 三つ目はヴェニスのポートレートで、私がたけだ美術で見たものです。このシリーズは、2011年度のヴェネツィア・ビエンナーレの公式プログラムREAL
VENICEで発表されたものです。このプログラムでは、招待された十数名の写真家がヴェニスをテーマに作品を撮り、販売するというものです。売上金の一部はヴェニスの町を保全するために使われるということです。そうです、渡邉さんはこのプログラムに招待をされて参加し、しかもその年度の参加者のなかで全作品を売り切った写真家さんの一人なのです!(完売したのは渡邉さんともう一人、二人のみ)素晴らしいシリーズのひとつです。
 そして四つ目はKabuki Playersのシリーズです。これは大阪市にある松尾塾子供歌舞伎で、歌舞伎を通しての子どもを育てる塾があるのですが、そこの子どもたちを中心としたポートレートです。本来歌舞伎役者は男性がつとめるものですが、ここの塾では男子のみならず女子も入れるようです。歌舞伎役者の格好はかつての日本の風俗だったこともあり、スイスの方も興味を持って見ていました。

展示するシリーズ内容は渡邉さんの提案だったそうですが、ギャラリーでの展示場所についてはアレックスがほとんど担当したそうです。会場のAdギャラリーは1階のみならず、2階3階まで上がっていくことができます。1階は二つの空間、2階には三つの空間、3階は屋根裏なのですが一つの広い空間が広がっていて、写真集をはじめとした写真に関する資料がおいてあり、自由に見ることができます。
 ワイングラスを片手に会場内をぐるぐる。1階にはLOVE POINTと猿回しのシリーズ、2階にはヴェニスのポートレート、および能面と子ども歌舞伎のシリーズ、3階には写真集Findingsの1枚が展示されていました。
 写真を撮ってきたので、少しでも会場へ行った気分になってもらえると嬉しいです。
 スタートは1階から。

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1階猿回しの展示会場です。

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同じく1階。渡邉さんとお話している方がいらっしゃるのはLOVE POINTの展示室。

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同じく1階、猿回しの展示室です。ここでワインやソフトドリンク、ハムやドライソーセージ、チーズなどが振る舞われていました。さすがスイス、どれも美味しかった!

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2階への階段を上がるとすぐ能面の展示が。写真集も見れるように展示してありました。

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左を見るとヴェネツィアのポートレート。

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その向かい側にアレックスが額入れをしたという能面のシリーズが。うーん、素敵!
能面のシリーズというのは、Noh Masks of Naito Clanというシリーズの能面の作品です。能面は、現在能楽として親しまれている伝統芸能で使用されるお面ですが、その歴史は長いものの、その多くは財政上の理由から明治以降国内外に散逸してしまったそうです。九州は宮崎県の延岡市にある内藤家には、まとまった数の能面が残されており、渡邉さんはその内藤家の能面を作品にしています。

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その横を左奥へ進むとさらにヴェネツィアのシリーズがずらり。

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展示室入ってすぐ右に私の好きな骸骨がいました!

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ヴェネツィアの展示室を出て、能面のところに戻ると左にまた階段があります。中2階のようなかたちでさらに展示室が続いています。

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中2階はKabuki Playerというタイトルの子ども歌舞伎のポートレートです。

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中2階への階段から下りる途中の景色。

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1階に戻ると、ベネズエラ出身スイス在住の写真家さんとお話をしている渡邉さん。この後私は能面シリーズの能面が日本において貴重である理由について、大まかな内容をフランス語で説明することに。

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1階LOVE POINTの展示室。

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そこから見た写真展会場の風景。

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写真集と渡邉さんの写真が載っている雑誌もおいてありました。

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再び2階に戻り、3階へ行く階段の途中からの景色です。

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ここが3階。ここには1点Findingsの作品が展示されていました。

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再び1階に戻ると、たくさんの人が渡邉さんのお話を聞こうと集まっていました。

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英語で説明する渡邉さん。

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渡邉さんが日本で知り合ったスイス人の知人との再会の様子。日本語がかなり堪能だったのでびっくりしました。

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作品を前にお話をする渡邉さん。

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スイス在住の日本人ちえさんとパリからスイスへ移住しているカトリーヌさん。パリジャンの格好は会場一目立っておりました。ちえさんはフランス語べらべらで一時渡邉さんの通訳をした場面も。私もこれくらい堪能になりたい!

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渡邉さんにサインを求める女性。

17時から始まったオープニングパーティーは大盛況のうちに20時半ころお開きとなりました。もっと長くやるのかと思いきや、さすが時計の国スイス、終わりの時間になると人々はすみやかに別れを告げて次々と帰っていきました。実にスマートだ!

パーティー後、渡邉さんとアレックス家で夕食を頂きました。せっかくの機会、ということで、Adギャラリーのオーナーであるアレックスに話を聞きました。彼は写真が好きで、自分の好きな作家の写真を扱うギャラリーを作りたいと思い、スイスでこの物件を見つけて、ここをギャラリーにしようと決めたのだそうです。建物自体は実はとても古くてもっと狭かったようで、数百年以上の歴史があるというおはなしでした(うろ覚えですみません、、、)。ギャラリー横の広場の石畳は自分たちでひとつひとつ石を並べて作ったと言っていました。古くからの建築を自分たちで増築、改築をして、ここまできれいにしたのだそうです。ギャラリーの奥の住居スペースの横には、大きなお庭にプールがあって、子どもたちが元気に走り回っていました。別荘のように美しいお宅のリビングには渡邉さんのあの作品が飾られてありました。おお!この写真はニューヨークのツインタワーを部屋の窓からとらえたもので、なんと9.11から10年のメモリアルアルバムのジャケットに採用されています。

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ご紹介してきたように、渡邉さんのシリーズは、いつも大きな歴史、物語が土台になっています。私たちは渡邉さんの写真を通して、その被写体の歴史に触れることができるのです。渡邉さんの好奇心はそのまま私たちの好奇心であり、私たちにとって渡邉さんの写真はその足跡を辿ることができる入り口なのです。実際私はこのレポートを書く上で、ほんの少しですが、知らなかった世界を覗くことができました。
 スイスの小さいけれど素敵な町のギャラリーで、渡邉さんの写真展を見ることができて本当に嬉しかったです。翌日はご家族でジュネーヴ観光に同行させて頂いたり、アレックスの奥さまのソフィーには、さらに翌々日の観光の計画についていろいろアドバイスを頂いたり、とすっかりお世話になってしまいました。でもおかげさまでとても楽しい写真旅行となりました!

渡邉さん、ありがとうございました!